読み物

はしもとさちえ 旋律がくりかえすように ⑤

はしもとさちえさんロングインタビュー

はしもとさちえさん ロングインタビュー


悲しかろうが嬉しかろうが一緒なんですよ、作れるものは


百職では2年ぶりに個展をして頂く、大阪の枚方で作陶されているはしもとさちえさん。今回インタビューの最中に話をしている際に、出会ってから4、5年くらいだったかなとお互い話していたのですが、改めて遡ると、知り合ってからもう7年も経っていました。依然として世界中では新型コロナウイルスと戦いが繰り広げられている中、多くのつくり手の皆さんはそれでも淡々と制作を進めている方がほとんどです。
その中でもはしもとさちえさんは、妻として母として世の中の変化も見守りながら暮らしと家庭を動かし、同時に制作もふだんと変わらぬペースを守っているとのことでした。
仕事以外でもプライベートでおうちに行かせて頂くこともあり、改まった形ではしもとさんにインタビューをさせて頂くことは今回が初めて。
制作に向かう姿勢や家庭と仕事を行き来することへの考え方など、はしもとさんらしいナチュラルさで語ってもらいました。


窯.JPG

○色や装飾技術を最大限に魅せられるよう


――加飾技法や多彩な釉薬などで幅広いうつわを作っている方だなというのが最初から印象的でした。どういうことを意識したり、イメージを持って制作してますか?

はしもと「イメージは…ないと思う。私ね、なんていうかね、基本的な制作スタイルというか作業工程というか、変わってないんです昔から。ろくろ回してるだけ。何かしらこう、形はすごくいつだって凝ってないんですよ。造りもいたってシンプルなんですけど表面に加飾するとか装飾するとか色をつけるとか、表面的なことでしか個性を出せないんですね(笑)。焼きで見せるとかでもないんですよ。あのね、いわゆる土物の作家さんみたく、火で魅せるっていうか、そういうことがまるで出来ないんで。こう例えばガス窯で焼くとか薪窯で焼くとか、それで魅力を出せる作家ではないんですよ。たぶんそれ出来ないタイプです」

――ほんと?出来ないタイプ?

はしもと「はい。出来ないタイプなんです。だから自分の持ってる色の感覚と装飾の技術しかないんですよ。ちょっと(他の作家さんより)ちゃうなっていうところでは耐熱のシリーズやってるだけだから、何かこう魅せる…ぱっと見た時に魅せられる技術っていうのは、彫ったりだとか色だったりだとかで。焼きじゃないんですよ、決して。ま、焼いてるんですけど」

――はい、それはもう焼いてますね!

はしもと「そう、焼いてるんですけどね(笑)。ま、それしか私は出来ることがなくって。持ち味の、色や装飾技術を最大限に魅せられるような努力は心がけています。そこしかないと自分では思っているから(笑)」

――自分の持ち味を見つけるのも簡単じゃないし、最大限に活かすっていうのもすごいことです。更に、努力するのも口で言うほど簡単ではないし。ところで電気窯ですよね、今?電気窯でも釉薬表現に取り組んでいる人はいますけれど、はしもとさんはしない?

はしもと「うーん、苦手とか嫌いではないけど、たぶん私には出来ないことやなって。全然違う目で見ちゃうというか、いやすごいなあって。焼いた経験は学生の時にあるんです。信楽行って穴窯もやって。でもそれが、その焼き色が私が求めるものじゃないなって。すごいかっこいいなと思います。御本手が出てたり(うつわ表面に出る薄いピンク色の斑紋)、火色(緋色とも書く。やきもの中の鉄分が焼成で酸化して表面にぼんやりと現れる赤い斑紋)が出てたり、石はぜがばーっと出てたりね。かっこいいなと思うんですけどなんかそれを求めて作ってるわけやないんやなって思うんです。原始的なやきものにこだわっているわけじゃなくて、あくまでもデザイン性というか。ルーシー・リーがやっぱり好きなんですけど、ああいう美しさを求めがちです。現代的な焼き方でやってて、原始的なところにいつか行きたいなとかもしかしたら思うんかもしれないけど…いや、たぶん思わんかな。見てたらかっこいいなとは思います」

――家で使ってたりしますっけ?ザ・土物みたいなやきものは。あまり出てきたことないなと。

はしもと「ああ、土物っぽいものは持ってないなあ。そういうのは手に取らないですね」

――ご自分の中ではっきりしてるんですね、嗜好が。

工房.JPG

○今一番いい形だなって思えているのはやっぱりリム皿


――美しいものっていったらどういうイメージを持ってますか?

はしもと「形はどうしてもルーシー・リーを意識しちゃいますね。佇まいとか。けど、そこまで辿り着けないのでたぶん(笑)。自分の中でイメージはある程度取り込んでいて、あとは自分の中のもので完成していくようにと心がけていますね。蕎麦猪口にしろリム皿にしろ、1ミリだったり2ミリだったり、1°だったり2°だったりの角度は微妙に変わっているんです、年々。そこはやっぱり常に更新して。今一番いい形だなって思えているのはやっぱりリム皿ですかね」

――リム皿は毎回人気ですね。はしもとさんの感覚と求めてくださる方のニーズとが合致してるってすごいなあと感心します。

はしもと「うーん。この間、渡邊さんが『リム幅を太くしたタイプのも今回作ってみてはどうですか?』って言わはるから今回リム幅太めのうつわも作っているんですけどね、リム幅を太くした時に改めて過去の8寸や6寸、7寸を見直すと『あれ?ちょっと幅が年々細くなってるな』って傾向がわかったんですよ。なんかちょっと細くなってきてて、バランスが悪いなあって。まあそれって1ミリとか2ミリの話なんですよ?けど自分の中では、たかが1ミリされど1ミリなので。それを今回若干見直しましたね。人から見たらわからないかもしれないんですけど、自分の中でのことでしかないけど、それすごく大きくて」

――大きいですよ、1ミリは。特に作家さん自身から見れば、それはもうかなり大きい差だと思います。

はしもと「そう、すごく大きかったです。だからそれを見直せてね。たまにそういうのを言ってもらえると立ち止まれるんですよね。展示が続くと流されて流されて作ってるのが、はたと自分を改めて見つめるっていうかね。そういうこと出来るとありがたいなあと」

――感謝されるなんて(笑)。それだけはしもとさんは途切れなくたくさんのお店さんから声をかけてもらって展覧会が続いてるって素晴らしいことですよ。それと、今回サンプルに寄せてもらった銀彩一色のプレート、ああいう感じもいいなと思いました。

はしもと「そうそう、あれね。バイカラーみたいに裏は普通の白の釉薬なんですけど表は銀一色で。これモンブラン置いたらめっちゃええんちゃうって」

――はしもとさんの中ではモンブラン。食べたくなってきます。きっと似合いそう。あれはほんとにワイドリムな造りで特別感楽しめそうで素敵です。

s銀彩シンプル1.JPGs銀彩シンプル2.JPGs銀彩シンプル3.JPG


はしもと「あれ結構いいなと思ってて。一応今回もう少し数作る予定です、これから。ああいうふうに先に作ったやつはイメージで作ったものが多いんですけどね。あそこからきちんと粘土の量だったり、水挽きした時のサイズ感だったりとかちゃんとこう修正してメモ取って。量産出来るようになるまでには、まあ割と時間かかるんですけどね」

――そうですね、イメージや思いつきでひとつふたつは出来ても、注文が来たりした時のことまで見通して数を作るとなるとデータ取ってひととおりのレシピを固めておく必要がありますもんね。時間必要ですね。

はしもと「そうなんです。それをこうこの先へって意味でつなげていけるように、今ちゃんとメモ取ってやってますから!」

――嬉しいです。今回の展示の副産物として先につなげていけたら本当に嬉しいし、今回やった甲斐あるなあって。もちろん展覧会はそれとは別に「これ一点しかないよ」っていうものと巡り合う場でもあるし、細かいことを気にせずのびのび楽しんで作ってもらう場面も持っていてほしいです!

はしもと「楽しみます!あと輪花と稜花のうつわもいくつか作ってて。なんか私がやると…なんていうかね…ほわっとしてしまう。私の場合はろくろで丸く挽いて、手でこうぴぴっと端をつまんで形を作っていくだけなんですけど。他の皆さんの輪花って、しっかり作る人はすごくパリッと出来上がってんねんけど、自分のはこうふわふわしてるんですよね、なんか知らんけど(笑)。性格上なのか。まあでも割とかわいいです。それも若干楽しみにしていてください」

――鉢?お皿?

はしもと「うーん、小鉢くらいの感じかな。輪花とか稜花って言ったらいかんような気がする、お花の形のうつわです。釉薬も変えてみようかなと」

――それは楽しみが増えました。わくわくします!


コンポート白銀2.JPG

彫る前に見ていると模様が思い浮かぶ


――もうひとつ、はしもとさんがいい仕事が出来たと感じる時はどんな時ですか?

はしもと「蕎麦猪口にしろリム皿にしろ、粘土練ってろくろ引いて削りして、で仕上げにこうリムのところだったり蕎麦猪口の側面に彫りをばっと入れるんですけど、模様を入れた後にうつわがばちっと決まるっていうかね。うつわとサイズ感と彫り模様が、こうばちっと決まる時があるんです、しっくり来たなって時。例えばhaneシリーズの模様でも、あれ?やっぱりこれちょっとな…って時あるんですよ。あんまりな出来の時。自分の中での微妙なことですけど。羽根同士の真ん中がちょっと隙間空き過ぎてない?とか。逆にこれはうまくクロス交わらせることが出来たなとか。そういうバランスがばしっと決まった時は気持ちいいなって思います」

――ああ、ほんまに好きなんですね。彫りの作業そのものが。

はしもと「好きです。蕎麦猪口とか一輪差しとかお茶碗とか、彫りを入れる前ってなんにもない状態じゃないですか?ベタっとしてのっぺらぼうみたいな」

――のっぺらぼうって(笑)。

はしもと「でも何もないと本当にそう。彫る前に見ていると模様が思い浮かぶ。これ入れようかな、あれ入れようかなって。この子はこれにしよ、あの子はこれにしよ、って。一輪差しなんてみんな形が違うから彫り模様も変えるわけですよ。する前に一輪差しの表面をじっと見るんですけど、見た時に、『あ、これ横向きに入れよう。縦向きに入れよう。ドットで入れよう』とか入れる模様を見定めるんですけど、その見定めた模様を入れてばしっと決まった時とかもすごくいい。『あ、可愛く出来たやん』とか。『あ、この子ちょっとぶさいくやな』とか。そんなんももちろんあるよ。形が結構いろいろあるから余計に表情が変わるしね。あとは、焼き上がった時もよかったとかうまいこといったとかも、まああるんですけどね。ガラガラガラガラ〜って窯の蓋開けて窯出しするんですけど、窯出ししていってチラチラ一個ずつ見たりしながら流れ作業的にするじゃないですか。あの時でも、あれ?うーん、なんやろこれ?これでいいんかな?っていう疑問が毎回出ますけど、お店に持って行って展示してもらうとめっちゃええように見えるやんって思ってます。自分で見るよりお店に置いてもらって日の目を見るんやなって思ったりしますね。焼き上がって、でもどこかでまだ自分の作品に自信がないので人の作品ばかりがよく見えたりするから。そういうのも多少なりともあって。お店に持っていってそこで初めて映えさせてもらってんねんなと感じます」

――出来上がったばかりの時は作った本人のはしもとさんから見ると自信のなさも手伝って「物」感のほうが強いんですね。少し距離が離れると冷静に見えることってふだんもありますね。

はしもと「そう、お店の空間で見て最後変わります」


シルちゃん.JPG

○心の安定はろくろの安定


――今のように展覧会前ではいつもとちょっと違う感じになるとか、普段の暮らす中でも何か意識することはありますか?

はしもと「うーん、ないです。いたっていつだって同じペースです。ただ気持ちが焦ってるってだけで作ってるペースも過ごしている気持ちも個展だろうが個展じゃなかろうがずーっと一緒です。ただいつも通り毎日おんなじ中での制作ですね。それが普通のことなので。仕事もお母さん業も一緒。『ママ、ちょっと焦ってんねん』と(息子さんに)言うときもあるけど『頑張りや〜』とか言われて(笑)。個展前だから神経質になるとかはないですね。焦って何かを推し進めたら結局何も出来ないってことはよくわかっているので。焦ってやったところでいいものが出来るわけないんですよね。だから常に一緒です、ペース。常に焦らず急がず、とにかく自分のペースでコツコツ作る。コツコツ積み重ねる。それだけです」

――焦ってもいいものできない…耳が痛いです。積み重ねてきたんですねはしもとさんは、経験として。

はしもと「そうです、本当にそう。悲しかろうが嬉しかろうが一緒なんですよ、作れるものは。ほんまどんだけ楽しかろうが作れるものは一緒なんです。やっぱりそれは身体が覚えているからなんですよ。悲しくって泣きながらろくろ回したりとかもあるんですけど(笑)、でも作れるんですよね普通に。泣いてるから、うえーんってなってるから回されへんとかもないですよ。逆に悲しいことに(笑)。それが身についた技術で。ありがたいですけどね」

――ベテランというか仙人みたいな領域ですね。

はしもと「生活の場所とひとつだから、余計そうなのかな。仕事も生活も一緒なんで(はしもとさんは住居兼工房というスタイル)。工房が別とか、家が別とかやったら自分の中で変わっていたかもしれないんですけど、家事のことも仕事のことも引っくるめていくことで、私の中ではうまいこと回ってます。だから毎日やってることはほんまにおんなじ。ほんまに毎日おんなじのことの繰り返しなんですけど、でもこれなんかこう、同じことの繰り返しがないと逆に作れないのかなって気がしています。心の安定はろくろの安定」

ドナちゃん.JPG

――自分を機嫌良くさせるという言い方ありますけど、安定したルーティンを作って自分をいいリズムに乗せていくという訓練みたいなことを今まで大事にしてやってきたのかな。

はしもと「そうだと思う。まあまだ充分な技術がついているかっていうと『?』ですけどね。ただ最低限の今のうつわを作ることに対しての技術はあるのかなという実感はあります」


はしもとさちえ略歴
1976 大阪府に生まれる
2001 大阪産業大学大学院環境デザイン専攻修了
2006 大阪府枚方市に工房設立


(了)

1