読み物

はしもとさちえ 旋律がくりかえすように ②

カノン

カノン

はしもとさちえさんは陶芸の世界に入ってからおよそ20年となるそうです。
陶芸家として働きながら、素顔は若くしてご結婚されていて仕事と家庭との両立を図りながら、工房も兼ねたご自宅で制作を続けていらっしゃいます。

打ち合わせで工房を訪ねると、だいたいお昼ごはんをふるまってくれるのですが、その際のお料理もその場で実に手際よく作ってくださいます。

旦那様と小学生の息子さん。
そして二匹の大きな愛犬、シルちゃんとドナちゃんもそばにいます。

主婦としての目線もとても大事にされていて、どんな大きさが使いやすいのか?手触りや口当たりは?といったことも日々ご自分の中で実感し、思いついたりすることもよくされるそうです。

実際の毎日の暮らしの中でくりかえし使うこと。
気持ちよく、そして楽しく、嬉しく使ってもらえますように。

いつ訪ねても、緑があって窓が大きな気持ちの良い住まい。
そして一階に広々としたスペースをゆったりと使えるように道具が配置された仕事場。

ちょうど一番最近に訪ねた際には、以前と配置が少し変わっていたので話を聞いてみました。
すると、建築をお仕事にされている旦那様が
「もっとこんな配置にすると作業動線も有効だから変えよう!」
と、コロナ禍でやや時間に余裕が出来たタイミングでディスプレイを変えたのだとか。
おかげで実際作業効率も上がったとはしもとさん。
心地良く気持ちよい空気が流れる住まいと仕事場。
住まいと仕事場の一体感。
同時にオンオフの切り替えが難しそうに感じるかもしれませんが、だからこそ暮らすことと仕事について、はしもとさんは一定のリズムを大切にしているのだそうです。

後のインタビュー記事でも触れますが「毎日呆れるくらい同じことのくりかえし」が自分の心の安定にもつながっているし、仕事もこつこつと淡々と行うことでいいものが作り出せる源のようにもなっているといった話をしてくださいました。

積み重ねとくりかえすことで生まれる安心感。

くりかえすこと。
反復。
反復からは、単調さや退屈さを想像する一面もあるでしょう。

はしもとさんの言う、同じことのくりかえしやいつもの制作姿勢からふと浮かんだものがあります。
それはクラッシックの楽曲、パッヘルベルの「カノン」


同じ旋律やリズムがくりかえされる曲。
簡素でシンプルな主題の旋律は、次第に音が重なっていきます。
異なる楽器の音色が、くりかし
積み重ねられることでゆっくりと世界は広がり、楽曲はそのボリュームを高めながら、最後は大きな大きな広々とした海のような音楽世界を目の前に浮かび上がらせ、聴き手を美しい場所へといざないます。


彼女が手仕事で淡々と行っている、あの幾つもの美しい彫り模様。
それもまたくりかえしや単調さの積み重ねを経て生まれる。
それが不思議な穏やかさとうっとりした感覚を呼び起こし、手にする人たちを魅了しているのだろうと思います。

多彩な色のうつわも作るはしもとさんですが、今回は白いうつわを中心に、銀彩、新しく黒土を使った黒のシリーズなどの展覧会です。
抑えた色彩世界は、静謐で満ち足りた安寧。
それでいてふとした瞬間、感覚を柔らかに刺激します。

くりかえしからの、静かにそして徐々に高まっていく美しさ。
さり気なくひそやかに待ち遠しい。

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