読み物

井上茂 こころの風景 ⑤

井上茂さん、語る。 その3

井上茂さん、語る。 その3

“僕の『井上茂』っていう意味が無くなっちゃうって思ってる”

今回3年ぶりに個展をして頂く愛知県在住の井上茂さん。
2016年のある日、突然自作を携えて百職を訪れてくださったのがきっかけでお取扱を始めることになってからもう6年が経とうとしています。
それからは、日本各地のみならず海外でも作品がお取扱されるようになり、ご自身もあえて変化を求めながら様々な挑戦をし続けていらっしゃいます。
自分の中の「井上茂」という意味はなんぞやと考え、並行しながら夢中で手を動かす日々。
これまでの道のりと、現在とこれからへ向ける少年のようなワクワク感を交えながら、井上さんが溢れる思いを語ってくださいました。



○あまり手を加えないで素材の有り様のままを出したい

僕は何に対しても結構長く続けるタイプ。石も大好き。なかなか行けないけど釣りも大好きで今も続けてる。ずっと極めたいタイプ。うちの親父を見るとそんな感じ。凝り性な感じでしたね。だからDNAを引き継いでるのかなとは思ってる。親父の職業柄的に土はほんとに身近なものだったから、陶芸の土や釉薬、石に対しても違和感がなかった。釉薬を難しく考えて作る人もいるけど、自分は別にそんなに難しく考えずふと思いついて作ってきてます。

長石(※1)が僕の素なんですよ。皆、灰にすごく焦点を当てるんだけど。僕は灰より長石が何かっていうところがすごく大事。長石でもいろんな長石があって、溶け方も違ったり貫入も違う。焼成の適温ってのもあります。溶け方も違う。ソーダ長石やらなんやら長石っていうのは、石が好きだからすんなり入れた。灰は後付けで割とできるけど、長石っていうのは後付けできないんですよね。長石が要は基本ベースだから。仮に溶ける温度が20度ぐらい高い長石を使ってて溶けやすいのに灰をたくさん入れてもうまく溶けないんですよ。溶けないことはなかったとしても雰囲気は全く変わっちゃう。だから長石に関してはすごく調べましたよ、もうあほみたいに。灰よりも長石を使い分けてます。独自なのかどうかもわかんないんです。人と比べてないから。誰かの弟子にも入ってないから固定概念は全くないので。僕が使っている長石を見抜けたのは楽焼の(陶芸家)中村さんと、(陶芸家)尾形アツシさんしかいないです。長石にも色々あるけど風化長石というのを僕は使ってます。長石が地面に露出して雨風が当たってボロボロになったもの。風化長石は融点がぐっと下がる。

土はね僕は砕かないんです。そのまま溶かす。するとどんどんドロドロになる。それを攪拌機でガーってやって、ある程度漉すだけ。叩いて粉状にして水に溶いて粘土作ると轆轤挽けない。不思議な話なんだけどすごく轆轤が挽きにくくなる。人間があんまり手を加えないほうが僕はいいと思ってて。昔から土も(手を加えないほうが良い)っていう考えではあった。轆轤でもそう。轆轤でもどんどんどんどん色んなもん…水をつけたり、どんどん、なんか『こうしてやろう』っていう作為が出てしまうと、どんどんどんどん土は死んでしまって、どんどん形がたるく(たるい…つまらない)なっていってしまう。だから手数をすごく少なくしたいということはずっと思ってます。あまり手を加えないで素材の有り様のままを出したいということ。あるお店の方に『土がなりたい形ってあるんですよね』と言ったんです。そうしたらすごく感動された。小洒落た形になると自分の土なんか絶対割れてしまうんですよ。だから型打ちは収縮がすごいんで難しい。だからダメなものはダメでいいやって。それなら土を市販の土にしてああいうことをやろうかって気には全くならなかった。


○自分がやりたいことに対してどういう形であるか

一番大切にしたいのは、(窯から)出てきた時に『おお!』って思うものが作りたいんです。原土って窯から出てきた時に二段もすごいものができたりするんですよ。マンガン釉やチタン釉だとか金属質の釉薬を使うと、僕もマンガン釉で作ったけどすごく楽。色がすごくつきやすいから。だけどそれ以上すごいものってできにくい。だけど灰釉や粉引の窯変は、たまにすごく『何これ!?』っていうのができる時があるんです。窯の置き場であったり。蜂蜜っていう還元(焼成)なのに黄色いのが出るやつがあって。僕は蜂蜜灰釉って言うんですけど、すごく還元だけどちょっと酸化…でも酸化だけではあの色は出ない。その仕組みが大体こうだろうっていうのあって、ちょっと作れたり、やっぱまた作れなくなっちゃったり。色々な要因で思いもよらないものができたり、思いもよらなくひどい時もあるんです()。

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(三年前の展覧会時と比べて)作品の高台がすごく小さくなりました。最初は白三島をするのに手に持てないから高台広くできないなっていう単純なことだった。高台を小さくしないと釉薬掛けの時に持てない。化粧をかけたいのに物理的にどうしたらいいかっていったら高台を小さくすれば物理的に持てるよねっていう。普通の粘土だったら隅を持ってじゃばっとかけても崩れないだろうけど、僕みたいなガサガサの土だとすぐ崩壊してしまう。それをどうしたらいいかっていったら僕は手がそんなに大きくないので、あんまり高台が大きいと全然掛けられない。自分がやりたいことに対してどういう形であるかというところがすごく重要な気がします。あとはあんまり恰好良く見せないようにしようと思っています。一番落ち着ける安定した形が使いやすいっていう形なんだろうなっていう。黄金比みたいな。

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僕は一人で作っている以上は自分が楽しいと思うものを出したい。自分が『ああ、これいいね』『これ良くできたよね』って思うようなものを数多く出したい。まあ、それが全部出せるかっていうと疑問になっちゃうんだけど。それが僕の作品に現れてるか、現れてないかっていう深いとこまで考えるのは、ほんと百職さんとか少数の伝え手さん。使い手さんには別に感じてもらわなくていいとは思うんだけど。次はどんな展示をするんだろうとワクワクしてもらえるようであったらいいかなと僕は思ってます。それに対して努力もするし。

新作のヒビ粉引も、最初はバリバリに割れて散々だった。ヒビ粉引きをやるってなったの、尾形アツシさんの一言だったんです。尾形さんが『カラカラに乾いたやつに化粧かければヒビになるよ』って、それだけ言われて。砂っ気のある土だから、最初はみんな乾燥で割れちゃうんですよね。そういうところから始まった。1年ぐらいウジウジやってた。出すもの出すもの底が抜けて向こう側が見えるような器ばっかで。でも今回間に合った。新しいものをチャレンジしていかないと楽しくないし。僕の井上茂っていう意味が無くなっちゃうって思ってるので。

※1 長石

素地や釉薬に用いる鉱物。比較的低い温度でしっかり焼き締め陶磁器の表面をガラス質で被覆する働きがあり、釉薬の大切な原料のひとつ。

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