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近藤康弘 Nouvelle page ④

インスピレーションの存在 その3|草花たち

インスピレーションの存在 その3|草花たち


近藤さんが作陶したり、日々を生きる上でのインスピレーションとなる存在。
みっつめは、草花たち。

近藤さんはある時から「椿」に凝りだしたことがあった。
きっかけは、野花を生ける会に参加し始めたからだということだった。
椿を生けるイメージで花器を作る。
そのためには自ら椿や野花を実際に活け、以前よりも更に花器についても考えをめぐらすようになったという。

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凝り性と収集癖のある近藤さんはそれだけにとどまらず、古い書物を漁りながら、日本各地にある椿の苗を集め始め、工房の庭で育て始めるようになる。
その間にも野花を生ける研究会に通い、同好のお仲間や先輩方を通じて季節ごとの野花の魅力にも触れることとなり、ますます野の草花に傾倒することになる。

実は私自身もヒマラヤなどの高山に咲く青いケシの花「メコノプシス」に子供の頃から憧れていた。
初夏に咲くその花を見ることのできる植物園を調べていた時、栃木県日光市にある「上三依水生植物園」でも育てられている事前情報はつかんでいた。
展覧会前の打ち合わせでお邪魔する近藤さんのいる栃木県益子町から植物園までは車でもおよそ二時間あまりの距離。
さすがに行くのは無理だと諦めていた。

がしかし。
いざ工房に行くと近藤さんは
「お話や工房を見てもらうのは明日でもいいし、どこか行きたいところありますか?俺、ノープランなので」
と言う。
それでもまだ行きましょうと誘い出す気はなく、草花好きの近藤さんへのネタとして上三依水生植物園の話題を出してみたところ、かなり遠いにも関わらず俄然近藤さんが興味を持ちだし乗って来てくれた。
「もしよければ連れていってもらえます?」
という厚かましいお願いにも関わらず、近藤さんはかなり前のめり気味で賛成してくれた。

そうして我々は初夏の日光上三依へと向かうことになった。
上三依水生植物園は日光市の最北部、福島県との県境の山間部「三依地区」に位置している。
山間の一部を贅沢に使った広大な敷地は22,000平方メートル。
駐車場から森林浴をしながら渓流沿いに歩いて入口に向かった。

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チケットを買って園内に入ると、入り口左手に草花の株売りをしているショップがあった。
さすが近藤さん、かなり熱いまなざしですぐ下見を始めていた。
ここでしかお目にかかれなさそうな珍しい品種や色のものもあり、充実の品揃え。
しかもどれもかなりのお買い得価格。
きっと今のうちにいろいろ目をつけて、帰りに買って帰るつもりなのだろう。

園内は起伏も少なくさまざまな花々の美しい姿を楽しめた。
日光ではおなじみの「ニッコウキスゲ」や可憐な薄紅色の「ヒメサユリ」なども生息していた。

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園内には湿生植物池、水生植物池、和風庭園などもあり、清らかな水と植物の織りなす風景と花々を楽しみながらの散策はとても気持ちよかった。
水辺に群生する菖蒲や睡蓮の仲間も咲いていた。

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ゆっくり見ていたが到着が遅かったのであっという間に閉園時間に。
園内の見回りのおっちゃんが
「もうすぐ閉まるよ」
と遠くから声をかけてきた。

すかさず近藤さんが
「売店での買い物はまだできますよね」
とのんびり聞くと
「もうお釣りのお金仕舞ったからダメだな」
とまさかの宣告がなされた。
それを聞くやいなや近藤さんは
「マジか」
と呟き、突如ウサイン・ボルトよろしく全速力で一目散に駆け出した。
何かを絶対に手に入れようとする時の強い意志、獲得欲とでも言ったらいいか。
いざとなれば人間は思いもよらぬスピードを出せるものだと見事に証明してくれている近藤さんの背中を見守った。

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近藤さんはものすごいスピードで先に行ってしまったのでショップのおばちゃんやおっちゃんとどういうくだりがあったのかはわからないが、私が追いついた時には事前に唾をつけていたものを手にしながらも、更に粘って
「ああ、いや待てよ、こっちもかなり珍しいやつだし」
「この色のはたぶんまだ持ってなかったな…」
とぶつぶつ言って熱心に物色していた。
ようやく選び終え、お金を支払った近藤さんの顔には安堵と充実感が溢れきっていた。

(しかし買い物の際に持ってきていたカメラを店に置き忘れるという、小さくはないポカをやらかしてしまうのだが…それもまた近藤さんなら近い将来、笑い話に変えられるはず)

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往復4時間のドライブを敢行して頂いたおかげで素晴らしい時間を過ごせた。

近藤さんと草花との邂逅。
それは彼の人生と陶芸に、新しい喜びと情熱とインスピレーションをこれからももたらすことになるだろう。

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