読み物
渡邊文矢 つながり/循環 ④

お住まいのほうでお話を聞かせて頂いた後、次は工房スペースにもお邪魔させてもらった。
住居と同じ敷地内にある、母屋よりはもう少しちいさめの古い建物を改造した場所。
彫刻刀(ノミ)、そのほか手道具や電動工具。見える場所にあるだけでも彫刻刀(ノミ)はかなりの数。お聞きすると仕舞ってあるものを含めると彫刻のための刃物類は300本以上はあるということだった。刃の幅、厚み、角度など、すべてが微妙に異なり、それを使い分ける。必要なサイズや仕様のものはもうほとんど揃っているが、それでもいまだに少し買い足すこともあるという。
彫刻作品づくりと並行し菓子型の制作もされており、作業机の上には作りかけのものがあった。精緻な仕事ぶりだった。
渡邊さんの趣味が集められた窓際の棚。鉱物、動物の小さな骨片、貝殻、実験中だという赤銅色の金属の珠など。
収集物たちが硝子瓶の中できらめいていた。
最近は川原に赴いた際に、これはという砂岩の石を拾ってきて、球体をつくる遊びを極めているようだった。仕事の合間の思い立った時に、金槌を手にし、少しずつ少しずつ石の角を叩き、削り取っては、球体に近づけていく。一度やり始めたら、時間を忘れてどこまでもやれそうで、どこで完成と見極めるか。泥団子のもうひと段階上の遊び、と渡邊さんは笑っていたけれど、これはなかなか終わりの見えない、どこまでも行ける遊びかもしれない。
おみやげにと、球体をひとつプレゼントしてもらうことに。幾つかあった中から大きいものを選ぶ。球体好きだけにずっと触っていられる。
触れながら、木彫の作品制作もいったいどこで終わりを決めるのかという疑問が浮かんだ。
終わりのない面白さを楽しめるということ。
今度またお話を聞いてみよう。

──1日のリズムはいつもだいたいどんな感じですか?
渡邊:9時くらいから仕事し始めて。午前中からちょっと2時ぐらいまでは作品を作って。そこから菓子型をやって。夕飯食べた後もちょっと菓子型をやって終わり。

──リズムが決まっている感じですね。夕飯の後にちょっとだけ仕事して終わり、でまた絵日記を書いたりとかできる時間もあるっていうのはいいですね。近くまでみんなでお散歩行ったりとかするとかは?
奥さま:いやー、渡邊がもう一人で散歩に行く感じですね。
渡邊:誘うんだけど、あんまり行くという返事は…。まあ僕も一人でいろいろプラプラするのは好きなので。


──この辺のお気に入りスポットは?
渡邊:川の方に歩いていって、それで最後川をチラッと見てかな。たまに川に降りてこうやって石を拾って。
──見つくろっているわけですね。
渡邊:川沿いで金槌持って。ちょっと怪しい人になってしまうから、こそこそ川に降りて。こんな重たいでっかいカバンを持って帰ってくる。
──どちらにせよ目立ちそうですね。
渡邊:目立っていると思いますけど、そもそも皆あんまり歩いてないんで。さほど…いや余計に目立っているかもしれないけど。
──ご高齢の方が多い地域?
渡邊:そうです。家の中にいらっしゃる方が多いけど意外と皆さん近所の様子を見てるんで。
奥さま:すでに噂されてるかもしれない。
渡邊:ちょっと学術研究してる学者さんみたいにそれっぽくして怪しくないようにさりげなく見てます。本当は熱中して見たいんですけど、品良くやっています。
(了)
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
渡邊文矢 つながり/循環 ③

井波彫刻の訓練校に進んで以降、富山で暮らしていた渡邊文矢さんが、ご結婚されて岐阜の一件家に移り住んだことはずっと前に年賀状を頂いて知っていたが、訪ねたのは今回が初めてだった。
ご夫婦と犬のもなちゃん、猫のむぎくん、この日は会えなかった黒猫ちゃん(お名前はまだ知らず)での暮らし。京町家とは比べ物にならないほどの間口の広い大きな古民家を、渡邊さんと奥さまのさゆみさんが協力しながら今もところどころリノベーションしているという。広々していて、随所にお二人の創意工夫が感じられ、風通しの良さ、空気の良さが印象的だった。
取材当日は大寒波で雪だったがよく日が差す明るい居間に通され、渡邊文矢さんと奥さまにお話を伺った。
これまでの展覧会でのお話や、制作の基にもなっているイラストを見せて頂いたり、奥さまの影響で始めて今では習慣になっているという絵日記のお話。そしてこの岐阜に引っ越してきてから新しく始まったことやこれまでとは変化した部分を尋ねてみたところ、日本に古くからある禅思想や民間信仰と自身の制作姿勢との関わりについて考えるようになったという、興味深い話題が出てきた。
(追記 *つい最近、新たに三匹目の猫が家族に加わったとのことでした)
何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事
渡邊:あとは岐阜に移ってきてから、ちゃんと(彫刻が)仕事として成り立ってきたかなと。
奥さま:やっていること自体はあまり変わってないね。あと…岐阜に来てからご近所さんもそうですし、外と少しずつ関わるようになったのは大きい気がします。井波では親方のおかみさん伝いで地域のことに関わっていたので。
──弟子でいる間は渡邊さん自身が積極的に外と頻繁に関わらなくても成立していたと。
渡邊:確かにそうですね。ご近所づきあいはおかみさんがやるような形だったので。ほかには犬と猫が増えたかな。猫はもともと1匹いたけど、犬が来たから。また猫も増えて。畑やったりね。


──変わってない部分もあるけど、変化も訪れましたね。新しいものが追加されて。家族が増えるとその分生活リズムも変わりますね。
渡邊:生活が変わりますね。井波にいる時に結婚したけど…
奥さま:結婚して、次の年にはもうこっちに引っ越してきたね。
渡邊:ほとんどここの家で何かが始まっている。移住してきたこと、それが一番の変化かな。それで色々生活が変わったと思います。
奥さま:あと宗教について興味が出てきたのはあれなんじゃない?禅の本を読み始めたことで変わったのかも。
渡邊:ああ、そうそうそう、そうだね、これだ〈禅と日本文化〉(鈴木大拙 著/北川桃雄 訳 *渡邊文矢さんのものは岩波新書版)。これは禅を世界に紹介した鈴木大拙さんの本で、講演をしたのをまとめたものなんです。すごくわかりやすくて。なんか自分がもともと絵を描くときに、何も考えないで絵を描くことや、彫るときもあまり考えないで彫るっていうのをすごく大事にしていて。考えてやっちゃうとやっぱり意図的になっちゃって一方向にしか行かないというか、広がりが持てなくなっちゃうんですね。これは自分独自で勝手にやってるのかと思っていたら、昔から禅というものが日本にはあって、それがそういう風に感覚でやるものだというのがとても分かりやすく書いてあって。茶道だとか俳句だとか、そういったものは禅の思想が基なんですよっていうのがあって。
──(ページをめくり、序文を少し読んで)確かに。禅の入門書というか、語句も平易だし文章もわかりやすいです。
渡邊:ね。分かりやすくてこれだと思ったんですよ。あ、でもこれ話しても大丈夫かな、宗教家だと誤解されるかな?
───大丈夫かと。伝統文化の理解だったり民俗学的な視点から禅の思想に興味があるということでお話されていると思うので。
渡邊:そうです。禅の思想についてずっと興味があるんです。まあそれで、これを読んで禅は何宗なのかとかも初めて知ったり。この人が言う禅は臨済宗なのかな。でも曹洞宗の方がもう少し日本の農村や山間部で広がっていった禅で、曹洞宗の教えっていうのは結構民族信仰との親和性が高かったんじゃないのかなっていうのが最近分かってきて。だから広がったのかな。曹洞宗が広がっていた地域はたまたま自分の好きなところだったんです。長野県の松本だとかあそこら辺も割と曹洞宗が強かった。岩手の盛岡とかも。教えも道理が通っているように感じます。座禅を組んで何かをするのが目的じゃなく、座禅を組んでいること自体が目的なんだと。何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事なんだって自分もずっと思ってやっていたので、ああ、もしかしてそういうところから来てるのかなとか。っていうのをちょっと考え始めたきっかけがこの本ですね。

──自分のことを読み解くもの、紐解くもの。手がかりみたいなものが見つかるって有難いし、改めて知るのは興味深いですね。
渡邊:そう。何も知らなくても作れるけど、なんかちょっと思い悩んだ時とかに自分は何やってたんだっけっていうのが分かんなくなっちゃう時ってたまにあるんですけど。そういう時にやっぱりこういうものがあると、ああ、これをやってたんだって。
──立ち返ることができる。客観的に見ることができるかもしれませんね。
渡邊:そうですね、客観的に見える。
──それが渡邊さんにとっては、この〈禅と日本文化〉という本であったんですね。
奥さま:以前会社勤めをしている時に社員旅行で京都に行って座禅を組んだんです。建仁寺だったかな。そこで朝、みんなで座禅を組んだ時間がすごくよくて。それでまたそのお坊さんが話をしてくれた内容がふだん渡邊が言ってることに近いような気がして。渡邊は渡邊で当時ちょっと悩んでたんだよね、作品作りで。それできっかけになればと「座禅良かったから行ってみない」って誘ったら「俺は行かない」って。
渡邊:うん、まだその時はね、宗教に対する抵抗感があって。そこでは「座禅?いやあ、別にそれなら家でやったらいいじゃん」なんて答えて。
奥さま:その後、少し経ってYouTubeか何かで禅の考えに触れて、出会ったのかな?
渡邊:そうだね、彼女から座禅のことも聞いてたし、なんとなくやっぱり気になって調べてみたら、なんか…ね。
──座禅や禅のこと誤解してたかもと気がついた?
渡邊:そうそう。あれっ、なんか近いぞ自分にって。それでこの本を見つけて読んでみたらもうびっくりしちゃって。ああ、これをやってたんだって。そこを今掘り下げてる段階です。
──面白いですね。いくつかのきっかけみたいなものが同じような時期に発生して、アプローチがあるっていうのも何かの巡りあわせなのか、必然なのか。
渡邊:そうなんですよね。彼女はなんでも始めるから。僕も影響されて付け始めた日記もそう。彼女はすぐに一回ハマる。ガーっていくから。
奥さま:でもすぐ飽きるんですよ笑
渡邊:それがまた面白いんです。
──その分、いろいろなことを怖がらず広く踏み出せるとも言える。
奥さま:そう捉えようとしています笑
渡邊:すぐ飽きても、まあモノにするんで。つながっていくから見ていて面白いなと。
──素晴らしい。
渡邊:こっちとしては新鮮な風を送ってくれる感じです。
──新しいトピックが生まれ、きっかけをもたらしてくれて、それを受け取るという関係性。いいじゃないですか。
渡邊:僕は一人じゃ本当に何一つやらないんで。発展をしない人なんで。一つのことをやるのは得意ですけど。あまり新しいことはやろうとは思わないタイプで。
──今回のように最初は知らなくて尻込みしたことも、きっかけさえあればふと足を踏み入れることはできるのが渡邊さんなんですね。一途さや頑固さというのは自分で得た経験や意思をより大事にされたいからでしょうし。一方でやってみて「これはいいかも」と実感できたものなら、すんなり受け入れられる素直さもお持ちなのではないでしょうか。
渡邊:そうですね、いいと分かると早いかも。まあそれで本は一昨年ぐらいに見つけて。4回ぐらい読んだかな。禅についての他の本も買ってみたけどあんまりよく分かんなくて。ちょっと難し過ぎちゃって。これは講演したものを欧米の方向けにまとめて、それをまた日本語に翻訳してるんです。だからすごく分かりやすくて。講演当時の内容に忠実どうかは定かではないけど、禅を知らない海外の方でもわかりやすいように砕いて話して、その上で本にする際にも単純化してるとは思うんですけどそれが僕にもわかりやすかった。
──鈴木大拙さんの言いたかった純粋な部分は抽出されていそうですね。
渡邊:はい。生活の中で必要な部分だけ分かればいい。
──この本に出会えたことにも大きな意味があったわけですね。
渡邊:そうですね、すごく大きかったと思う。自分一人がやってたことじゃなくて、これは結構昔からオーソドックスなやり方なんだっていうのが少しずつ分かってきて。松尾芭蕉も同じことしてたんだ、みたいな。感覚的な部分でやってたんだって思うと、なんか心強いですよね。変なことをやってるんじゃないんだと。
──そうですね。芭蕉が同志だと心強い。先人たちが自分の背中を押してくれている気持ちになれますね。
渡邊:それまで自分は職人仕事の技術の方は学んできたけど、美大とか芸大出てるわけではないので。聞いたような話でしかイメージがないんです、美術作品を制作していくセオリーやプロセスは。美術彫刻はしっかりとデッサンをしてその中で哲学的な何かを学んできてそれを取り込んで社会的に意義のあるものを作るんだっていう、僕の中にはすごく硬いイメージがあったんです。当時の日本に伝わってきた西洋美術的なものがそのままイメージであるだけで。すべてのやり方がそれだけではないはずなんですけど。でもこれを読んでから日本的な芸術っていうのは自分が今やっている方法で、これでいいのかなっていうのは思って、むしろこれをやっていった方が、僕らしいものになるんじゃないかなとちょっと心強くなりましたね。
──自分を肯定していくところっていうのは大事な部分ですね。
渡邊:そうですね。
──人種や言語は違っても、自国から出て展覧会をやって、見に来てくださった異文化の方々がまた次も来たいなとか、もっと見てみたいよっていう風に感じてもらえるっていうのは、作家自身のアイデンティティであったり日本的な部分っていうのを知って深めていくことで、制作や作中にも生きていくのだろうなと思います。よかったです、この本のお話をお聞き出来て。
渡邊:本当に。すっかりと自分のものにしてしまった気になって忘れそうになっていました。また読み返してみよう。
──それほど自分の中にすでに馴染んでいるってことですね。
渡邊:いやあ、もうね、偉そうに禅の考えを、まるで自分が発見したみたいになりそうだった笑
(了)
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
渡邊文矢 つながり/循環 ②

井波彫刻の訓練校に進んで以降、富山で暮らしていた渡邊文矢さんが、ご結婚されて岐阜の一件家に移り住んだことはずっと前に年賀状を頂いて知っていたが、訪ねたのは今回が初めてだった。
ご夫婦と犬のもなちゃん、猫のむぎくん、この日は会えなかった黒猫ちゃん(お名前はまだ知らず)での暮らし。京町家とは比べ物にならないほどの間口の広い大きな古民家を、渡邊さんと奥さまのさゆみさんが協力しながら今もところどころリノベーションしているという。広々していて、随所にお二人の創意工夫が感じられ、風通しの良さ、空気の良さが印象的だった。
取材当日は大寒波で雪だったがよく日が差す明るい居間に通され、渡邊文矢さんと奥さまにお話を伺った。
これまでの展覧会でのお話や、制作の基にもなっているイラストを見せて頂いたり、奥さまの影響で始めて今では習慣になっているという絵日記のお話。そしてこの岐阜に引っ越してきてから新しく始まったことやこれまでとは変化した部分を尋ねてみたところ、日本に古くからある禅思想や民間信仰と自身の制作姿勢との関わりについて考えるようになったという、興味深い話題が出てきた。
(追記 *つい最近、新たに三匹目の猫が家族に加わったとのことでした)
日本人らしさってどこから来てるのかな

奥さま:たぶんこの地域の神社当番をやるようになったのも渡邊が考えるきっかけだったかもしれないですね。
渡邊:近くに木曽神社っていうのがあるんです。結構信心深い人たちで、この地域の人が。神社だとか祠だとか、結構たくさんあってそれを地域で神社当番っていうのが交代でやっていて。当番になったら1年間やります。
──1年間を通じてのお役目なんですね?
渡邊:そう。しょっちゅう回ってくるんですよ。住人も少ないから。いろんなお祓いみたいな催しが年に4回ぐらいあって。神主さんに来て頂いたお供え物してっていうのをやってて。
──そういえばさっき車に乗せて頂いていた時にもちらほらお地蔵様があったり。民間信仰や道祖神的なものが大切にされているんですね。
渡邊:うんうん。山のほうには山の神様で不動明王があったりとか。馬頭観音(馬と旅の旅の安全を守る仏として信仰が集まったという)っていうのもあります。結構ちょこちょこありますね。
──山が近いと山岳信仰などを身近に感じることもありそうですね。暮らしている風土や地域からの影響は感じたりしますか?
渡邊:もうちょっと自分の中で整理しないとあれですけど、日本人らしさとはというところに結構興味があります。日本人らしさってどこから来てるのかなといって浮かぶのは、近年(日本では)はほぼ無宗教だと言われていたりもするけど、どこかで皆、民間信仰(道祖神などの土着的な信仰)が根付いていて。仏教とか神道よりもっと前からあるものに影響を受け今の日本の文化っていうのに繋がっていってんだろうなって。
──アニミズムという自然界の山や川木や石などあらゆるものに魂(精霊)が宿るといった原始的な世界観が日本にはありますよね。民間信仰の根底になっている。
渡邊:それです。流れというか、その後にやって来た仏教とか神道とかそこら辺のことも知っていかないと。そこら辺と、それ以前からあった民間信仰がなぜちゃんと混ざり合ったのかなとか。それによって現代の僕がこの自然の中から感じ取るものはいったいどこから来たのかなとか。知らないうちに親からとかテレビとかいろんなところから影響を受けているのもあるけれど、辿っていくともとがあったはずだから。という意味で、文化的側面や民俗学的な点からの信仰が気になるなっていうのはありますよね。

──なるほど。となってくると木彫文化は民家の装飾だけではなく寺社彫刻とも関わりが深いですし、オリジンって言ったらいいのか、木彫というものの起源にもちょっと触れるようなお話かもしれませんね
渡邊:そうですね。日本の木彫も世界の彫刻文化も宗教と切り離せない。宗教的な儀式で使われるものから始まり、仏像とかもそうですが日本の彫刻っていったらやっぱり仏像とは切り離せない。人間はそもそも仏像や彫刻に意味を見出して、そこに自分の心を映すっていう部分がありますし。自分がやっていることと宗教についても知っていきたいというか、興味があります。
→→→後篇に続く

渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
渡邊文矢 つながり/循環 ①

通奏低音のように。
それは物事の底流に在るもので、気付かぬうちに知らぬ間に、もの全体に影響を与える。「もの自体」だけではなく、根源となるその作家自身の存在は欠かせない。それだけに作品のみならず出展作家さんのことを少しでも知って頂きたいという思いがいつもあります。
作家さん自身からの誠実な言葉と考えをお読み頂きながら、作品を紐解く手助けや愛着を深めていく入り口になれば幸いです。
渡邊さんは初めて百職では展覧会開催となりますので、なじみのない方もこちらの一問一答でぜひ一歩、二歩と近づいて頂けると嬉しいです。
質問1
はじめましての方に向けての、経歴とは違う自己紹介をお願いします。
───初めまして。渡邊文矢といいます。木で彫刻をしています。日常の中で感じていることや、人生の中で大切に思っていることを形にできればいいなと思い、制作しています。
「ただここに在るように」
今回の展示は、そんなことをテーマとしています。この言葉は、僕にとって作品を制作していく上でも、生きていく上でも大切にしている言葉です。何か特別な役割がなくても、誰かのためにならなくても、ただここに在るように。そんなものが好きで、草や木のように、ひっそりとでも生命の輝きを感じられる、そんなものが作れたらと思い、制作しました。
質問2
木彫というものづくりを選んだ経緯、始めた頃に感じていたこと、そこから歳月を経て変化したこと、変わらない点をそれぞれお聞かせください。
───木彫は、中学の頃に落ちていた枝で、自分の指を模して作ってみたのが最初だったと思います。
それから、鳥や魚などを写真を見ながら作るようになり、専門学校や弟子入りさせてもらう中で、本格的に木彫を学びました。
始めたばかりの10代の頃や専門学校時代は、とにかく何か形にすることが楽しくて、ひたすらいろいろなものを彫り、そのために技術を身につけていたように思います。20代になり、少しずつ自分の気持ちを表現してみたくなり、作品も作り始めました。工房の仕事を終えて帰宅後、ただ何も考えずに、今の自分の気持ちを手が動くままに作っていました。その作品制作が、今へとつながっています。
過去と現在で創作において変わったことは、始めた頃は「形にすること」を楽しみ、今は「感情を形にすること」を楽しんでいる点です。作品を作り始めてから大きな変化はないと思いますが、年齢を重ねるごとに、少しずつ考え方の変化はあるのかなと思います。
質問3
今まで訪ねた中で、最も印象に残っている場所はどこですか。その時の思い出も、よかったら少し教えてください。
───真っ先に浮かぶのは、小学生の頃に友達とよく遊んでいた空き地です。友人の家の裏にある、少し小高く見晴らしのいい場所で、秘密基地を作ったり、ごっこ遊びをしたりしてよく遊んでいました。その日も夕方まで鬼ごっこをして、疲れたあとに、みんなで並んで見た空が思い浮かびました。旅行先で見た絶景よりも、身近な景色のほうが印象に残っているような気がします。
質問4
犬と猫と暮らす楽しさについて以前から少しずつお聞きしていましたが、あらためて犬の魅力、猫の魅力、それぞれどういった点が魅力でしょうか。一緒に暮らす上で、つながりを感じる時はいつですか。
─────犬は、尻尾を振って感情を表に出して喜ぶ様子が可愛いですし、猫は気ままな様子や、ちょっと勝手だなと感じるところも魅力で、一緒に遊ぶのも楽しいです。猫も犬も、日向で気持ちよさそうに寝ているときなどに、「いいな、癒されるな」と感じます。
質問5
冬のはじまりを迎える中で、風情を感じるのはどんな瞬間ですか。
───散歩するのが好きなのですが、道端の枯れ草の立ち姿は、造形的にもかっこいいなと見てしまいます。あとは、すべてを埋め尽くすような真っ白な雪原もいいなと感じます。暖かい部屋でみかんを食べたり、旬のものが献立に入っている時も、いいなと感じます。
質問6
循環は自らの体内でも起こり、生活環境や宇宙にまであらゆるところにありますが、渡邊さんが「循環」と聞いて頭に浮かべるのは何でしょう。
───心が浮かびます。悩み事や考え事があると、自分の頭の中でぐるぐると回っているうちに、なんだか澱んでしまうような気がする時があります。そんな時は散歩に行き、川や森を眺めてぼーっとしていると、頭の中がすっきりしてきて、自分も自然の一部のような感じがし、頭も心も循環するように感じます。人に話すことも同じで、溜池のように、人の心も一箇所にとどまっていると濁ってきてしまうのかなと思います。たまには誰かに話したり、自然と一体になったりして、循環していくのが健全な気がします。
質問7
これまで継続して今のお仕事をされてきたと思います。ものごとと向き合い続ける中で、ご自身が大切にしてきたつながりは何ですか。
───つながりで言えば、いろいろなことが大切だと思います。人とのつながりも、自然とのつながりも、過去とも未来とも、つながりがあるからこそ継続ができるのだと思います。作品づくりに限定すれば、自分の心の声と言いますか、奥の方にいるもう一人の自分、本当の自分、そんな存在とのつながりが大切だと思います。そこに嘘をついてしまうと、その作品は自分の作品ではなくなってしまいます。まずは自分自身であること。その上で、世界とつながることを大事にしてきました。もちろん、作品だけを作っていれば幸せなわけではないので、いろいろなつながりがあってこそ、作品が作れているのだと思います。
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
耐冬花 ②

通奏低音のように。
それは物事の底流に在るもので、気付かぬうちに知らぬ間に、もの全体に影響を与える。「もの自体」だけではなく、根源となるその作家自身の存在は欠かせない。それだけに作品のみならず出展作家さんのことを少しでも知って頂きたいという思いがいつもあります。
作家さん自身からの誠実な言葉と考えをお読み頂きながら、作品を紐解く手助けや愛着を深めていく入り口になれば幸いです。
今回は展覧会の季節である冬のはじめの季節、作家二人が愛する椿についての質問もさせて頂きました。
質問1
はじめましての方に向けての、経歴とは違う自己紹介をお願いします
───家族だけで営む小さな町工場の次男として生まれました。働くということは物を作るという事と刷り込まれていたのかもしれません。
小学生のころに閉めてしまった工場の名前は「前嶋製作所」。僕の屋号「前嶋硝子器製作所」はそこから来ています。製造業でありたいという願いも込めて。

質問2
近藤康弘さんと知り合った経緯、その時の第一印象、そこから変化した点をそれぞれお聞かせください。
───益子でお世話になっている器屋さんの紹介で参加させて頂いた生け花の勉強会でお会いしたのが最初だと思います。優しく温和な人柄とは違って、男性らしく力強く無駄のない、真っ直ぐな花を生けられる方だなと思った記憶があります。
それからは椿の話を色々と教えてもらったり、椿の苗木を探しに遠方に出かけたりと僕にとっては椿の先生です。
そしてこの2年間、近藤さんの闘いを少し離れたところからですが見続けてきました。今では近藤さんの花はやはり近藤さんを写していると思います。強く、真っ直ぐな方です。
質問3
今まで訪ねた中で、最も印象に残っている場所はどこですか。その時の思い出もよかったら少し教えてください
───若い頃は放浪の癖があり、バイクで様々な土地を旅しました。
その中で特に記憶に残っているのは、徳島県南部の海岸線です。複雑に入り組んだ地形と澄んだ海に浮かぶた島々、ちいさな入り江毎に点々と続く集落。広大な、雄大な景色よりも自然の中に人の営みがある風景が美しいと感じた初めての体験だったかもしれません。
質問4
前嶋さん、近藤さんともに椿愛好家とお聞きしていますが、椿のどういった点が魅力ですか?また、これから育ててみたい方にひとつだけアドバイスをするとしたらなんですか?
───椿は厳寒の中に咲く数少ない花の一つで、一年を通して葉を落とさない常緑樹でもあります。
その生命力と美しさから古来より寺社仏閣、茶道、華道と様々な儀式、様式で重用されてきました。その為多くの椿が挿し木を繰り返し現在までその多様な種を伝えています。戦国大名が、茶人が愛した花と、限られた地方だけで密かに数百年愛され守られた花と全く同じ花を手にし、愛でることが出来るのです!(半分以上近藤先生の受け売りです)
そんな歴史や逸話に目を向けて椿を選ぶのも楽しいかもしれません。育て方にアドバイス出来るほどではありませんが、椿は丈夫ではありますが根が浅いため水切れには注意して下さい。成長もゆっくりなので庭木にしたい方は接ぎ木苗を選ばれた方がよいと思います。
質問5
展覧会が始まる頃にいよいよ冬の入り口に差し掛かりますが、季節の食材や料理で一番好きな食べ物と、それについての所感を教えてください
───京都にちなんでという訳ではありませんが修学旅行のお土産で買って帰った聖護院かぶらの千枚漬けに感動して以来、無類のカブ好きです。この辺りでは聖護院かぶらは手に入らないので普通のカブですが味噌汁、ポトフ、煮物にステーキと様々に楽しんでいます。
そんな万能なカブですがやっぱり千枚漬けが一番好きでスーパーで3つ一束だったら2つは漬けてしまいます。
質問6
冬のはじまりを迎える中で、風情を感じるのはどんな瞬間ですか?
───庭の木々が葉を落とし、いよいよ椿がその姿を際立たせる事。工房が暑いから温かいに変わる事。そして冬の笠間は夕日がとてもきれいです。
質問7
子供の頃でも大人になってからでもいいのですが、冬にまつわる思い出をひとつ教えてください
───子供のころ凧揚げに行ったのに凧を揚げたくないと駄々をこねた記憶があります。その感覚は今でもあって伸びきった糸の緊張感とどこかに飛んで行ってしまうかもしれないという不安感はいまでも苦手かもしれません。
質問8
これまで継続して今のお仕事をされてきたと思います。ものごとと向きあい続ける中でご自身が大切にしてきたものはなんですか
───時にほかの仕事もしながら硝子製作は絶えず続けてきました。独立してからは必要最低限の設備で主に地元の酒蔵さんから頂いた空き瓶を溶かして製作しています。自分に与えられたもの、場所でこそ作れるものを。特別でなく何でもない日々の為のものを、その日々の中で繰り返し使われる中でより特別になりえるものを。そんな野望を持って製作しています。
(了)
前嶋 洋明(まえじま ひろあき)略歴
1982 茨城県ひたちなか市に生まれる
2005 ガラス工房カモス(茨城県笠間市)にて制作を開始
2010 鵜沢ガラス工房(茨城県常陸太田市)にてアシスタント研修
2011 ガラス工房カモスのスタッフとして勤務 個人制作活動としてNoraglassをスタート
2021 茨城県笠間市に築炉 前嶋硝子器製作所として独立