読み物
土居祥子 つながり/循環 ②

今回の展覧会では、近作のショルダーバッグ〈walk〉が登場する。
土居「walkは、息子の送り迎えのときにスマホと鍵を持ち歩くために欲しくて作ったポシェットです。昨年の夏前頃から作って使いはじめて、すでに私の日々の暮らしの中でよき相棒となっています。walkを生み出すときに考えていたのが、トートバッグたちを作るときに出て、たまる一方だった端革を使って作りたいなということ。小さいバッグなので1つのパーツでできるのですが、大きさの異なる3つのパーツを縫い合わせる仕様にしているのは、このためです」
私自身も、仕事のリフレッシュに家から5分の京都御所でのぶらぶら散歩は欠かせない。
運動という意味ではちょっと足りないかもしれませんが、気分転換にはぴったり。
たくさんの荷物は必要なくて、ハンカチと鍵と小銭があればいいくらい。
新作のミニショルダーのwalkは、旅先などにもぴったり。
朝食はホテルや旅館内のレストランへ…なんてこともよくありますが、最低限のものだけ身につけて出かけたい時に。
早起きしてちょっとその辺をぐるっとしようか、なんて時に颯爽と身につけたい。
ミニマムな用途だけに絞ったスタイルで、男性にもぜひ見てほしいモデル。
土居さんも
「walkは男性にもぜひ」
と。
ショルダーストラップは結ぶ位置を調整することで使う人のお好みで長さを変えられるようになっており、身長165cmの土居さんの場合は付属のストラップを調節して身につけているとか。
ちなみに長めがお好みの方や、身長体格が大きい方などにも対応できるように、もう少しロングタイプのショルダーストラップもご用意してくれているとのこと。
───
歩く時間。
家に籠もってものを作る日々の中で、外に出て歩くことは心身ともによいリフレッシュの時間になっています。
私にとっては息子の園への送り迎えが歩く時間。
その日の天気や湿度、風の様子でいつもの道にも、毎日新しい発見があって自分が美しいなぁと感じる音や景色も日々それぞれで。
とくに1日の作業を終えて歩いてお迎えに行く夕方は夕陽の光と涼やかな風が心地よく労ってくれているかのようでとても好きな時間です。
持ってゆくのはスマホと家の鍵。
ときどきティッシュ (息子の鼻水がひどいとき)。
歩くときに必要なものだけをさっといれて軽やかに持つ小さなポシェットを新しく作りました。
名前は「walk」です。
(土居祥子さんのInstagramより引用)
───
土居祥子さんの手掛けるラインナップの中で、バッグはとりわけ等身大というものを大切にする姿勢を感じる。
彼女は、フィレンツェにある皮革職人の養成学校〈scuola del cuoio〉に短期留学し、鞄作りの基礎を学んだ。
土居「そこではクラシックなハンドバッグの作り方を学びました。型紙の作り方から、どういう芯材を入れるかとか。工作みたいで面白かったんですけどね。厚紙みたいなのに革のシートみたいなのを貼って、その上に更に表にくる革を貼ってとか、スポンジみたいなのを切ってそれを貼ったり入れたり。面白いんだけど、なんか…もっと革だけでシンプルにバッグ作りたいな、と。(中略)私が作りたかったのは結局、くたっとした体になじむようなトートバッグでした」
二人のお子さんと旦那さまと、そうした家族との飾らない日々の暮らしについて土居さんからしばしばお聞きすることを通して、それが彼女を人としても作り手としても慈しんでくれているのを実感する。
家族とのお出かけや散歩、旅、季節ごとのオケージョンシーンに身を浸す時間の中で、こんなものがあったらというふとした芽生えが、ものづくりへとつながっている。
日々の暮らしの中で、自らが欲しいと思えるものは、嘘がないし無理がない。
作り手自身が思い描いていたものを形にした時。
手で触れ目で見て〈心地よい〉と、こころから思えるものを、ほしいという人に手渡せるというのは、作り手自身を幸せにし、安心で包むだろう。
更には自身が作ったものを、使う人の希望に応じて、修繕することもできる。
自分の喜びが誰かを喜ばせ、誰かの喜びが自分の喜びともなる。
ものづくりは、喜びの巡りを生み出せるのかもしれない。
それはどんなに、生きる希望や喜びを自分に与えてくれるだろう。
手を動かすことによって、自分自身を受容し、安心と幸せをその身とこころにもたらすという、うつくしくも眩しい循環を、土居さんの中に見ている。
土居祥子 つながり/循環 ①

土居祥子さんとはどんな作り手でいらっしゃるのか。
ご紹介のため、過去の記事を次にまとめました。
ぜひこの機会にご覧ください。
「土居祥子さん 2024年ご紹介記事」
想いを馳せつつ手を動かす https://tenonaru100.net/photo/album/1253553
日々の暮らしの中で欲しいと思うもの https://tenonaru100.net/photo/album/1253571
自然の巡りを感じること https://tenonaru100.net/photo/album/1254076
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通奏低音のように。
それは物事の底流に在るもので、気付かぬうちに知らぬ間に、もの全体に影響を与える。「もの自体」だけではなく、根源となるその作家自身の存在は欠かせない。それだけに作品のみならず出展作家さんのことを少しでも知って頂きたいという思いがいつもあります。
作家さん自身からの誠実な言葉と考えをお読み頂きながら、作品を紐解く手助けや愛着を深めていく入り口になれば幸いです。
今回百職では2回目の展覧会を開催してくださる土居さん。街と自然が心地よいバランスで溶け合う滋賀県守山の自宅兼工房で、季節の移ろいにとても細やかに心寄せながら制作されています。
ものづくりへの純粋なこころのともしびをいつも大切にしながら、現代の日常的な暮らしの視座と、イタリアのフィレンツェで学んだ古き良き職人魂を受け継ぐ熱い志と技術は、お会いするたびにキラキラと輝きを増しています。
質問1
はじめましての方に向けての、経歴とは違う自己紹介をお願いします
───琵琶湖の近くにある自宅の一室で革のものづくりをしています。旅先で出逢ったコインケースに心惹かれ、持ち帰って暮らしの中で使うたびにその秀逸な形や使い心地にどんどん魅了されてゆき、この技を知りたい、とフィレンツェへ短期留学をしたのが28歳の時でした。
フィレンツェでの出逢いや経験が今のものづくりと共にある暮らしにつながっていて、革という素材がもつ面白さや魅力を感じてもらえるような革のものづくりができたらと思っています。
質問2
革を用いたものづくりを選んだ経緯、始めた頃に感じていたもの、そこから歳月を経て変化したこと、変わらない点をそれぞれお聞かせください
───前職は百貨店社員で、最初に配属された紳士革小物売り場で革製品を扱い革への知識を深めているうちに、どんどん革という素材の魅力にはまっていきました。でも自分がいいと思う経年変化豊かな植物タンニン鞣しの革で作られたバッグがその当時売り場にはなくて、自分で作ってみようと革工房がひらいている教室に通うようになりました。その後、フィレンツェでコインケースと出逢い、本格的に革のものづくりを学ぶようになっていきました。始めた頃は、切って、貼って、、まるで工作のようだな、と小学校の図工の時間に戻ったような感覚でした。最近になって漸く、作業一つ一つの意味を自分なりに解釈できるようになり、この小さな作業の積み重ねが美しさにつながっていることを心に留めながら手を動かせるようになった気がしています。
そして、今でも変わらないのはコインケースが出来上がったときの感動です。昔から継がれてきた形はなんて美しいのだろう、この技法を生み出し繋いできた先人はすごいなぁと、何度作っても思うのです。
質問3
今まで訪ねた中で、最も印象に残っている場所はどこですか。その時の思い出もよかったら少し教えてください
───フィレンツェにある師匠の工房です。古い道具の数々、つくりかけのものがそこらじゅうに置いてあって、師匠のご機嫌な鼻歌が BGM。少しずつ形になってゆくコインケース、師匠の手の動き、かけてくれた言葉の数々…
濃密な時間を過ごした分、今でも心に占める割合が大きい場所です。
最近では、昨秋に訪れた信楽のMIHOミュージアム。紀元前に作られたという古代美術品の数々を目の当たりにして、何千年も前から人はものを作ってきた。そして道具としての用途を満たすだけでなく、手間をかけて装飾を施していた。今、私たちがやっていることも何も変わらないなぁ、と可笑しくもあり、ひどく心をうたれました。

質問4
ご家庭では庭づくりも楽しみのひとつとお聞きしていますが、園芸や植物、庭のある暮らしは自らに何をもたらしていると感じますか
───庭に実生の野ばらの木があります。春に愛らしい白い一重の花をたくさん咲かせて、秋冬には赤い実となり小鳥たちを庭に誘ってくれています。小鳥たちが実をついばむ姿をみていると、こうして鳥たちが野ばらの種を運んできてくれて、この場に芽吹き、枝葉を伸ばし、花を咲かせて実をつけ、また鳥たちがやってくるのだなぁと、大きな循環のなかにいることを感じさせてくれています。
質問5
展覧会は春のはじまりを感じさせる季節かと思います。春のはじめの風情を感じるのはどんな瞬間ですか
───ミモザの甘い香りをかいだ時。庭の大木の遅咲きのミモザは3月下旬ごろに満開を迎えて、ほわほわした鮮やかな黄色と独特の甘い香りが庭いっぱいにひろがって、とても幸せな心地にさせてくれます。そして、まためぐってきた春に「ありがとう」と心から思える瞬間です。

質問6
循環は自らの体内でも起こり、生活環境や宇宙にまであらゆるところにありますが、土居さんが循環と聞いて頭に浮かべるものはなんでしょうか
───自然の大きな循環はなんて無理がなくて美しいのだろうと思います。
ものづくりもまた、大きな時の流れの中で無理なく循環するようにありたいと思っています。
革は、食べることから生まれる副産物で、先人が古の時代から暮らしに役立つ道具へと作り替えて使ってきた素材です。先人たちが自然の理のなかでしてきたように、手元にある素材を自分の手を動かすことで暮らしに役立つ何かにしていくことは、無理がなくて心地がよいなぁと感じています。
質問7
これまで継続して今のお仕事をされてきたと思います。向き合い続ける中でご自身が大切にしてきたつながりはなんですか
───縁あって出逢えた人とのつながりを、特に大切に思っています。想い続けているといつか自然とつながるような、そんな気がしていて、今展もまさに、そう。作り手のお顔やエピソードが浮かぶものは、暮らしの中で使うたびに心に潤いを与えてくれていて、私が作るものもこうでありたい、と思うのです。ものを作ることが人との出逢いやつながりへと導いてくれていることは、とても幸せなことだなぁと思っています。
土居祥子(どい しょうこ)略歴
1985年生まれ 地元の普通高校、大学を卒業
2008年 百貨店に入社
2014年 フィレンツェへ短期留学
鞄職人養成学校「scuola del cuoio」にてバッグ作りの基礎を学びながら、伝統工芸品を作る工房「Giuseppe Fanara 1989」にて修行
2018年 col tempoとして制作活動を始める
《col tempo はイタリア語で「時と共に」という意味
【時と共に 変わっていく、育っていく。 そんな、ずっと使い続けたい 革のもの】
をコンセプトに、フィレンツェの伝統技法を用いた縫い目のない革小物や革を纏うようなシンプルなバッグを制作》
渡邊文矢 つながり/循環 ④

お住まいのほうでお話を聞かせて頂いた後、次は工房スペースにもお邪魔させてもらった。
住居と同じ敷地内にある、母屋よりはもう少しちいさめの古い建物を改造した場所。
彫刻刀(ノミ)、そのほか手道具や電動工具。見える場所にあるだけでも彫刻刀(ノミ)はかなりの数。お聞きすると仕舞ってあるものを含めると彫刻のための刃物類は300本以上はあるということだった。刃の幅、厚み、角度など、すべてが微妙に異なり、それを使い分ける。必要なサイズや仕様のものはもうほとんど揃っているが、それでもいまだに少し買い足すこともあるという。
彫刻作品づくりと並行し菓子型の制作もされており、作業机の上には作りかけのものがあった。精緻な仕事ぶりだった。
渡邊さんの趣味が集められた窓際の棚。鉱物、動物の小さな骨片、貝殻、実験中だという赤銅色の金属の珠など。
収集物たちが硝子瓶の中できらめいていた。
最近は川原に赴いた際に、これはという砂岩の石を拾ってきて、球体をつくる遊びを極めているようだった。仕事の合間の思い立った時に、金槌を手にし、少しずつ少しずつ石の角を叩き、削り取っては、球体に近づけていく。一度やり始めたら、時間を忘れてどこまでもやれそうで、どこで完成と見極めるか。泥団子のもうひと段階上の遊び、と渡邊さんは笑っていたけれど、これはなかなか終わりの見えない、どこまでも行ける遊びかもしれない。
おみやげにと、球体をひとつプレゼントしてもらうことに。幾つかあった中から大きいものを選ぶ。球体好きだけにずっと触っていられる。
触れながら、木彫の作品制作もいったいどこで終わりを決めるのかという疑問が浮かんだ。
終わりのない面白さを楽しめるということ。
今度またお話を聞いてみよう。

──1日のリズムはいつもだいたいどんな感じですか?
渡邊:9時くらいから仕事し始めて。午前中からちょっと2時ぐらいまでは作品を作って。そこから菓子型をやって。夕飯食べた後もちょっと菓子型をやって終わり。

──リズムが決まっている感じですね。夕飯の後にちょっとだけ仕事して終わり、でまた絵日記を書いたりとかできる時間もあるっていうのはいいですね。近くまでみんなでお散歩行ったりとかするとかは?
奥さま:いやー、渡邊がもう一人で散歩に行く感じですね。
渡邊:誘うんだけど、あんまり行くという返事は…。まあ僕も一人でいろいろプラプラするのは好きなので。


──この辺のお気に入りスポットは?
渡邊:川の方に歩いていって、それで最後川をチラッと見てかな。たまに川に降りてこうやって石を拾って。
──見つくろっているわけですね。
渡邊:川沿いで金槌持って。ちょっと怪しい人になってしまうから、こそこそ川に降りて。こんな重たいでっかいカバンを持って帰ってくる。
──どちらにせよ目立ちそうですね。
渡邊:目立っていると思いますけど、そもそも皆あんまり歩いてないんで。さほど…いや余計に目立っているかもしれないけど。
──ご高齢の方が多い地域?
渡邊:そうです。家の中にいらっしゃる方が多いけど意外と皆さん近所の様子を見てるんで。
奥さま:すでに噂されてるかもしれない。
渡邊:ちょっと学術研究してる学者さんみたいにそれっぽくして怪しくないようにさりげなく見てます。本当は熱中して見たいんですけど、品良くやっています。
(了)
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
渡邊文矢 つながり/循環 ③

井波彫刻の訓練校に進んで以降、富山で暮らしていた渡邊文矢さんが、ご結婚されて岐阜の一件家に移り住んだことはずっと前に年賀状を頂いて知っていたが、訪ねたのは今回が初めてだった。
ご夫婦と犬のもなちゃん、猫のむぎくん、この日は会えなかった黒猫ちゃん(お名前はまだ知らず)での暮らし。京町家とは比べ物にならないほどの間口の広い大きな古民家を、渡邊さんと奥さまのさゆみさんが協力しながら今もところどころリノベーションしているという。広々していて、随所にお二人の創意工夫が感じられ、風通しの良さ、空気の良さが印象的だった。
取材当日は大寒波で雪だったがよく日が差す明るい居間に通され、渡邊文矢さんと奥さまにお話を伺った。
これまでの展覧会でのお話や、制作の基にもなっているイラストを見せて頂いたり、奥さまの影響で始めて今では習慣になっているという絵日記のお話。そしてこの岐阜に引っ越してきてから新しく始まったことやこれまでとは変化した部分を尋ねてみたところ、日本に古くからある禅思想や民間信仰と自身の制作姿勢との関わりについて考えるようになったという、興味深い話題が出てきた。
(追記 *つい最近、新たに三匹目の猫が家族に加わったとのことでした)
何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事
渡邊:あとは岐阜に移ってきてから、ちゃんと(彫刻が)仕事として成り立ってきたかなと。
奥さま:やっていること自体はあまり変わってないね。あと…岐阜に来てからご近所さんもそうですし、外と少しずつ関わるようになったのは大きい気がします。井波では親方のおかみさん伝いで地域のことに関わっていたので。
──弟子でいる間は渡邊さん自身が積極的に外と頻繁に関わらなくても成立していたと。
渡邊:確かにそうですね。ご近所づきあいはおかみさんがやるような形だったので。ほかには犬と猫が増えたかな。猫はもともと1匹いたけど、犬が来たから。また猫も増えて。畑やったりね。


──変わってない部分もあるけど、変化も訪れましたね。新しいものが追加されて。家族が増えるとその分生活リズムも変わりますね。
渡邊:生活が変わりますね。井波にいる時に結婚したけど…
奥さま:結婚して、次の年にはもうこっちに引っ越してきたね。
渡邊:ほとんどここの家で何かが始まっている。移住してきたこと、それが一番の変化かな。それで色々生活が変わったと思います。
奥さま:あと宗教について興味が出てきたのはあれなんじゃない?禅の本を読み始めたことで変わったのかも。
渡邊:ああ、そうそうそう、そうだね、これだ〈禅と日本文化〉(鈴木大拙 著/北川桃雄 訳 *渡邊文矢さんのものは岩波新書版)。これは禅を世界に紹介した鈴木大拙さんの本で、講演をしたのをまとめたものなんです。すごくわかりやすくて。なんか自分がもともと絵を描くときに、何も考えないで絵を描くことや、彫るときもあまり考えないで彫るっていうのをすごく大事にしていて。考えてやっちゃうとやっぱり意図的になっちゃって一方向にしか行かないというか、広がりが持てなくなっちゃうんですね。これは自分独自で勝手にやってるのかと思っていたら、昔から禅というものが日本にはあって、それがそういう風に感覚でやるものだというのがとても分かりやすく書いてあって。茶道だとか俳句だとか、そういったものは禅の思想が基なんですよっていうのがあって。
──(ページをめくり、序文を少し読んで)確かに。禅の入門書というか、語句も平易だし文章もわかりやすいです。
渡邊:ね。分かりやすくてこれだと思ったんですよ。あ、でもこれ話しても大丈夫かな、宗教家だと誤解されるかな?
───大丈夫かと。伝統文化の理解だったり民俗学的な視点から禅の思想に興味があるということでお話されていると思うので。
渡邊:そうです。禅の思想についてずっと興味があるんです。まあそれで、これを読んで禅は何宗なのかとかも初めて知ったり。この人が言う禅は臨済宗なのかな。でも曹洞宗の方がもう少し日本の農村や山間部で広がっていった禅で、曹洞宗の教えっていうのは結構民族信仰との親和性が高かったんじゃないのかなっていうのが最近分かってきて。だから広がったのかな。曹洞宗が広がっていた地域はたまたま自分の好きなところだったんです。長野県の松本だとかあそこら辺も割と曹洞宗が強かった。岩手の盛岡とかも。教えも道理が通っているように感じます。座禅を組んで何かをするのが目的じゃなく、座禅を組んでいること自体が目的なんだと。何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事なんだって自分もずっと思ってやっていたので、ああ、もしかしてそういうところから来てるのかなとか。っていうのをちょっと考え始めたきっかけがこの本ですね。

──自分のことを読み解くもの、紐解くもの。手がかりみたいなものが見つかるって有難いし、改めて知るのは興味深いですね。
渡邊:そう。何も知らなくても作れるけど、なんかちょっと思い悩んだ時とかに自分は何やってたんだっけっていうのが分かんなくなっちゃう時ってたまにあるんですけど。そういう時にやっぱりこういうものがあると、ああ、これをやってたんだって。
──立ち返ることができる。客観的に見ることができるかもしれませんね。
渡邊:そうですね、客観的に見える。
──それが渡邊さんにとっては、この〈禅と日本文化〉という本であったんですね。
奥さま:以前会社勤めをしている時に社員旅行で京都に行って座禅を組んだんです。建仁寺だったかな。そこで朝、みんなで座禅を組んだ時間がすごくよくて。それでまたそのお坊さんが話をしてくれた内容がふだん渡邊が言ってることに近いような気がして。渡邊は渡邊で当時ちょっと悩んでたんだよね、作品作りで。それできっかけになればと「座禅良かったから行ってみない」って誘ったら「俺は行かない」って。
渡邊:うん、まだその時はね、宗教に対する抵抗感があって。そこでは「座禅?いやあ、別にそれなら家でやったらいいじゃん」なんて答えて。
奥さま:その後、少し経ってYouTubeか何かで禅の考えに触れて、出会ったのかな?
渡邊:そうだね、彼女から座禅のことも聞いてたし、なんとなくやっぱり気になって調べてみたら、なんか…ね。
──座禅や禅のこと誤解してたかもと気がついた?
渡邊:そうそう。あれっ、なんか近いぞ自分にって。それでこの本を見つけて読んでみたらもうびっくりしちゃって。ああ、これをやってたんだって。そこを今掘り下げてる段階です。
──面白いですね。いくつかのきっかけみたいなものが同じような時期に発生して、アプローチがあるっていうのも何かの巡りあわせなのか、必然なのか。
渡邊:そうなんですよね。彼女はなんでも始めるから。僕も影響されて付け始めた日記もそう。彼女はすぐに一回ハマる。ガーっていくから。
奥さま:でもすぐ飽きるんですよ笑
渡邊:それがまた面白いんです。
──その分、いろいろなことを怖がらず広く踏み出せるとも言える。
奥さま:そう捉えようとしています笑
渡邊:すぐ飽きても、まあモノにするんで。つながっていくから見ていて面白いなと。
──素晴らしい。
渡邊:こっちとしては新鮮な風を送ってくれる感じです。
──新しいトピックが生まれ、きっかけをもたらしてくれて、それを受け取るという関係性。いいじゃないですか。
渡邊:僕は一人じゃ本当に何一つやらないんで。発展をしない人なんで。一つのことをやるのは得意ですけど。あまり新しいことはやろうとは思わないタイプで。
──今回のように最初は知らなくて尻込みしたことも、きっかけさえあればふと足を踏み入れることはできるのが渡邊さんなんですね。一途さや頑固さというのは自分で得た経験や意思をより大事にされたいからでしょうし。一方でやってみて「これはいいかも」と実感できたものなら、すんなり受け入れられる素直さもお持ちなのではないでしょうか。
渡邊:そうですね、いいと分かると早いかも。まあそれで本は一昨年ぐらいに見つけて。4回ぐらい読んだかな。禅についての他の本も買ってみたけどあんまりよく分かんなくて。ちょっと難し過ぎちゃって。これは講演したものを欧米の方向けにまとめて、それをまた日本語に翻訳してるんです。だからすごく分かりやすくて。講演当時の内容に忠実どうかは定かではないけど、禅を知らない海外の方でもわかりやすいように砕いて話して、その上で本にする際にも単純化してるとは思うんですけどそれが僕にもわかりやすかった。
──鈴木大拙さんの言いたかった純粋な部分は抽出されていそうですね。
渡邊:はい。生活の中で必要な部分だけ分かればいい。
──この本に出会えたことにも大きな意味があったわけですね。
渡邊:そうですね、すごく大きかったと思う。自分一人がやってたことじゃなくて、これは結構昔からオーソドックスなやり方なんだっていうのが少しずつ分かってきて。松尾芭蕉も同じことしてたんだ、みたいな。感覚的な部分でやってたんだって思うと、なんか心強いですよね。変なことをやってるんじゃないんだと。
──そうですね。芭蕉が同志だと心強い。先人たちが自分の背中を押してくれている気持ちになれますね。
渡邊:それまで自分は職人仕事の技術の方は学んできたけど、美大とか芸大出てるわけではないので。聞いたような話でしかイメージがないんです、美術作品を制作していくセオリーやプロセスは。美術彫刻はしっかりとデッサンをしてその中で哲学的な何かを学んできてそれを取り込んで社会的に意義のあるものを作るんだっていう、僕の中にはすごく硬いイメージがあったんです。当時の日本に伝わってきた西洋美術的なものがそのままイメージであるだけで。すべてのやり方がそれだけではないはずなんですけど。でもこれを読んでから日本的な芸術っていうのは自分が今やっている方法で、これでいいのかなっていうのは思って、むしろこれをやっていった方が、僕らしいものになるんじゃないかなとちょっと心強くなりましたね。
──自分を肯定していくところっていうのは大事な部分ですね。
渡邊:そうですね。
──人種や言語は違っても、自国から出て展覧会をやって、見に来てくださった異文化の方々がまた次も来たいなとか、もっと見てみたいよっていう風に感じてもらえるっていうのは、作家自身のアイデンティティであったり日本的な部分っていうのを知って深めていくことで、制作や作中にも生きていくのだろうなと思います。よかったです、この本のお話をお聞き出来て。
渡邊:本当に。すっかりと自分のものにしてしまった気になって忘れそうになっていました。また読み返してみよう。
──それほど自分の中にすでに馴染んでいるってことですね。
渡邊:いやあ、もうね、偉そうに禅の考えを、まるで自分が発見したみたいになりそうだった笑
(了)
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
渡邊文矢 つながり/循環 ②

井波彫刻の訓練校に進んで以降、富山で暮らしていた渡邊文矢さんが、ご結婚されて岐阜の一件家に移り住んだことはずっと前に年賀状を頂いて知っていたが、訪ねたのは今回が初めてだった。
ご夫婦と犬のもなちゃん、猫のむぎくん、この日は会えなかった黒猫ちゃん(お名前はまだ知らず)での暮らし。京町家とは比べ物にならないほどの間口の広い大きな古民家を、渡邊さんと奥さまのさゆみさんが協力しながら今もところどころリノベーションしているという。広々していて、随所にお二人の創意工夫が感じられ、風通しの良さ、空気の良さが印象的だった。
取材当日は大寒波で雪だったがよく日が差す明るい居間に通され、渡邊文矢さんと奥さまにお話を伺った。
これまでの展覧会でのお話や、制作の基にもなっているイラストを見せて頂いたり、奥さまの影響で始めて今では習慣になっているという絵日記のお話。そしてこの岐阜に引っ越してきてから新しく始まったことやこれまでとは変化した部分を尋ねてみたところ、日本に古くからある禅思想や民間信仰と自身の制作姿勢との関わりについて考えるようになったという、興味深い話題が出てきた。
(追記 *つい最近、新たに三匹目の猫が家族に加わったとのことでした)
日本人らしさってどこから来てるのかな

奥さま:たぶんこの地域の神社当番をやるようになったのも渡邊が考えるきっかけだったかもしれないですね。
渡邊:近くに木曽神社っていうのがあるんです。結構信心深い人たちで、この地域の人が。神社だとか祠だとか、結構たくさんあってそれを地域で神社当番っていうのが交代でやっていて。当番になったら1年間やります。
──1年間を通じてのお役目なんですね?
渡邊:そう。しょっちゅう回ってくるんですよ。住人も少ないから。いろんなお祓いみたいな催しが年に4回ぐらいあって。神主さんに来て頂いたお供え物してっていうのをやってて。
──そういえばさっき車に乗せて頂いていた時にもちらほらお地蔵様があったり。民間信仰や道祖神的なものが大切にされているんですね。
渡邊:うんうん。山のほうには山の神様で不動明王があったりとか。馬頭観音(馬と旅の旅の安全を守る仏として信仰が集まったという)っていうのもあります。結構ちょこちょこありますね。
──山が近いと山岳信仰などを身近に感じることもありそうですね。暮らしている風土や地域からの影響は感じたりしますか?
渡邊:もうちょっと自分の中で整理しないとあれですけど、日本人らしさとはというところに結構興味があります。日本人らしさってどこから来てるのかなといって浮かぶのは、近年(日本では)はほぼ無宗教だと言われていたりもするけど、どこかで皆、民間信仰(道祖神などの土着的な信仰)が根付いていて。仏教とか神道よりもっと前からあるものに影響を受け今の日本の文化っていうのに繋がっていってんだろうなって。
──アニミズムという自然界の山や川木や石などあらゆるものに魂(精霊)が宿るといった原始的な世界観が日本にはありますよね。民間信仰の根底になっている。
渡邊:それです。流れというか、その後にやって来た仏教とか神道とかそこら辺のことも知っていかないと。そこら辺と、それ以前からあった民間信仰がなぜちゃんと混ざり合ったのかなとか。それによって現代の僕がこの自然の中から感じ取るものはいったいどこから来たのかなとか。知らないうちに親からとかテレビとかいろんなところから影響を受けているのもあるけれど、辿っていくともとがあったはずだから。という意味で、文化的側面や民俗学的な点からの信仰が気になるなっていうのはありますよね。

──なるほど。となってくると木彫文化は民家の装飾だけではなく寺社彫刻とも関わりが深いですし、オリジンって言ったらいいのか、木彫というものの起源にもちょっと触れるようなお話かもしれませんね
渡邊:そうですね。日本の木彫も世界の彫刻文化も宗教と切り離せない。宗教的な儀式で使われるものから始まり、仏像とかもそうですが日本の彫刻っていったらやっぱり仏像とは切り離せない。人間はそもそも仏像や彫刻に意味を見出して、そこに自分の心を映すっていう部分がありますし。自分がやっていることと宗教についても知っていきたいというか、興味があります。
→→→後篇に続く

渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展