読み物
濵端弘太 木を見て我を見る ②
濵端弘太さんの個展をさせて頂くのは2017年、そして2019年に続いて三回目。
2017年の個展は、濵端さんにとっても初個展でした。
にも関わらず非常に多くの反響があり、展覧会にも大変多くの方が運んでくださりました。
当時のInstagramの投稿を振り返ると、展覧会最終日を終えての挨拶に
「(初個展で)今回はこんなにもたくさんの皆さまに作品を手に取って頂けるとは私の想像を超えていました」
と綴ってあり、その時の興奮冷めやらない思いや驚きを思い出しました。
初個展から6年。
濵端さんはそれから着実に作品を発表し続け、広くたくさんのお客様やお店さんに知られるように。
久々の展覧会の機会を今回迎えました。
今までもいろんなお話を聞かせて頂いてきましたが、まだお聞きしたことがなかった制作に際しての少し深い部分での内容、次世代に向けて、子供の頃のことなどなど《5つの質問》をさせて頂きました。
濵端さんの重ねてきた時間、作るものへ反映されている様々なことがちらりと覗いてみえるような、ほんの少し紐解けたかもしれません。
ちなみに今回の「5つの質問コーナー」に載せた仕事場のお写真は、濵端さんご本人に撮影して頂いた貴重なもの。ぜひ楽しんでご覧ください。
──今の道を選んだのはどこに魅力を感じたからでしょう?続ける中で、挫折を感じたことはありますか? うまくいかないと感じた時の乗り越え方は?
濵端「子どもの頃から物を作るのが好きで簡単な木の工作などもやっていました。
木で物を作るのが好きだったんでしょうね。
高校卒業後はじめは家具作りを学びたかったのですが学校の事情があり伝統工芸の世界に入りました。
そこで小さな箪笥や小さな箱などを作るうちに大きな家具作りではなく小さなものを時間をかけて作ることの楽しさに魅了されそれが今へと続いていると思います。大きな挫折は今のところないですね。
うまくいかないと感じることはしょっちゅうありますが、仕事自体がというより作品作りでの試行錯誤という面でですね。
落ち込んだり沈んだりすることがあまりないのでうまくいかないときもそれはそれで楽しんでやってます」
───木工は家具やうつわなどふだんの暮らしに身近なものづくりですので、憧れを抱いていたり将来目指したいという人も多いと思うのですが、この道を目指したい人へ濵端さんなりのアドバイスを頂けますか?
濵端「木工の仕事内容はなかなかに地味で時間がかかるものですが、板や塊が作品に仕上がっていくときに見せてくれる表情の変化を体感できるのは作り手にしか味わえないものだと思います。
作品の大小に関わらずその感動はあるので、木工をはじめてみたいと思う方は小さなものからでいいのでぜひ挑戦してみてほしいです」
→②に続く
濵端弘太 木を見て我を見る ①
「材料の木を眺めている時は、ここから何を作ろうかと考える時。
と言った濵端さんは、
長崎の濵端弘太さんの工房を8月に訪れた。
2018年の秋以来の再会。
4月に別のギャラリーで行った個展では漆ものをいつもよりも多く
「割と前に戻ったみたいな。定番のやつを」
と話してくれた。
作りたいものや、やってみたいことはいろいろとある。
そこで重要なのは、材料の〈木材〉。
その時その時で、今どんな木材を所持しているかということ。
材によって作れるものが異なるので、木を見ながら、
すべては木から始まる。
自身の制作の源、原動力になっているものは?
すると少し考えてから濵端さんは言った。
「自分の作品ですかね。前のやつを見て、
濵端さんは制作において外的要因に頼ることがほとんどないという
手元にある素材の木を見つめ、自分自身を見つめて、
まったく健全で、潔い姿勢だと思った。
中学生くらいの時に読んだ村上春樹のあるエッセイの中で
〈レイモンド・チャンドラーが小説を書くコツについての文章で、
という内容が確かあって時折ふと思い出すのだけれど、
素材となる木材を見つめ、作品を生み出し、
それはとてもシンプルな円環だ。
展覧会で私たちが目にするものは、
近藤康弘 Nouvelle page ⑤
2020年11月以来の、近藤康弘さんとの展覧会の仕事。
いよいよです。
近藤さんは2021年1月に、益子内で新たな場所に移りました。
私は今年6月に打ち合わせで初めて訪問しました。
そこには近藤さんが、以前からやりたいと願っていたことが少しずつ形を表し始めていました。
近藤さんが益子にやって来て修業をしていた時に送っていた健康的な暮らし。
原点回帰し、前に進んでいきたいという気持ち。
引っ越し後、しばらく経ちましたが、自然と共に在る暮らしは一筋縄ではいかず、まだどっしり構えてというわけにはいかない。
それでも今の姿を映すようなうつわを作り、展覧会という場をひらく。
現在の考えや、つくり手としての自分や周囲との関わりについて、インタビューというよりは、気ままに語って頂きました。
近藤さんの工房やその周りの様子なども合わせて、展覧会を味わう一つのピースとしてお楽しみください。
近藤康弘さん(以下、近藤):現状がまだ全然落ち着いていなくて。落ち着いていると思っていたのが全然落ち着いていないから、とにかくもともと自分が思っていた理想の形にどんどん近づいていきたいなというのがあって。展示会で表現したいという気持ちは他の人より全然薄いかもしれないですね。
店主渡邊(以下、渡邊):表現って感じじゃないですよね、近藤さんはいつも。
近藤:時に世間の声とか需要に合わせて寄せていくようなところがあって。
渡邊:ジャンプに寄せるとか。
近藤:ジャンク?
渡邊:ジャンプ。
近藤:じゃんぷ?
渡邊:岩見さんとの二人展(同じ益子で作陶されている岩見晋介さんとの二人展が2022年11月に東京神田で開催された)は、王道ジャンプの世界って。(『週刊少年ジャンプの王道漫画みたいに多くの人が、楽しんでいただけるような展示会をテーマに掲げていましたが…』近藤さんのインスタグラムより)あれは裏テーマか。
近藤:ああ、ジャンプね。あれはどっちかと言うと自分ら主体だったり、自分らの好きなことをやった展示会で。百職さんのところとかだと結構お客さんの顔が見えやすくて求められているものがわかるっていうか。最近は納品とかも全然してないし、他のお店さんもなんですけど、どっちかと言うと今は気軽に自分で作りたいような感じのものを、そんな変わったものも作らずにやっていってる。(お客さんが受ける印象としては)やっぱりちょっと男臭いなという感じはあるんですか?
渡邊:んー男臭いっていう感じじゃないですね、近藤さんは。
近藤:もうちょっと百職さんの時はちゃんとバランスよく選びやすい感じに作ろうと思って。
渡邊:ちゃんと(笑)
近藤:今やっている陶庫さん(益子の老舗ギャラリー)での個展ではありのままでいきたいなと思ってて(取材当時の6月は陶庫さんで自身の個展開催中だった)。陶庫さんのいいとこは良くも悪くも(こういうものを作ってほしいと)言われないんですよ。 好きなことをやってよくて、それが逆に迷走もしちゃうんですよ。
渡邊:わかりますよ。うちも結構そうです。4人展みたいな時は言いますけど、基本的にはあんまり言わないです。あんまり言わないんで逆に「言ってください!」って言われる時があるんですけどね。
近藤:そういうのを岩見さんとよく話してたんですけど、岩見さんは昔から他所(陶庫さん以外のお店)だとリクエストがあってあんまりはめ外しちゃいけない。 でも陶庫さんだと自分でテーマを作って好きなようにやってきて、そのうち「テーマに頼りすぎてるな」みたいな境地に行き着いてしまって最近は自由にやってるみたいなことを言ってて。
渡邊:なるほど、テーマに頼りすぎてるね。
近藤:そう店主に言われたみたいで。
渡邊:結局テーマを決めることでまた自分を縛ることになりますよね。でも大事だとも思います、あえて縛りをかけるというのも。目指すところを置いたり、頼りにしたいものも欲しいですからね。それは決めたいですが…難しい。
近藤:珍しいっちゃ珍しい場所なんですよ、良くも悪くも。なんか社長さんは「人を見たい」みたいなところがあって。人に興味がある人なんです。
渡邊:ああ、わかるな(人を見る面白さ)。
近藤:だから許される範囲で失敗もさせてくれるっていうか、経験もさせてもらってるから。良いか悪いかわかんないですけど。
渡邊:良いことだと思います。そういう場所があるとありがたいですよね。失敗が許されないヒリヒリした場所も必要かもしれませんけど。
近藤:でもそのステージは今はまだ必要ではないかなと。自分でまだ立てる段階じゃないなっていうのを自覚してて、そういう話とかがあったら断る。自分を傷つけちゃうっていうか、結局。
渡邊:作れない状態に自分を追い込んだらダメだからね。できるだけ自分で自分のことをいいものを作れるように高めていくっていうことが求められてるはずですしね。人によっては厳しく追い込むことで作る意欲を高く持っていけるようなストイックな人、Mっぽい人も中にはいますよね、中にはね(笑)
近藤:一時そうやって追い込んでやってたんですけどおかしくなって。
渡邊:近藤さんには向いてなさそうです。
近藤さんの自作薪窯での初窯作品。窯から出した時に自分の窯でこんな釉調の美しいやきものが作れるんだと心打たれた記念のうつわ(非売品)
近藤:今回はありのままっていうか、自分なりにある程度百職さんに居てるお客さんに求められてるものを汲み取ってみたいな感じで。
渡邊:(百職には近藤さんの)ファンの方々が確かにいます。
近藤:ここ数年自分の好みがどんどん骨董品にのめり込んだっていうか、やってるうちに使いやすさとかよりも自分の中の美意識みたいなものを(作品に)昇華できるかどうかに傾倒していって。これがなかなか昇華できない。自分で作って気に入るかどうかみたいなね。そうやって昔の人、濱田さん(濱田庄司)とかも色々な作品を見て味わって、それを自分の作品に写すんじゃなくて得た栄養分から出してくるみたいな。ここ数年そういう時期があったかな。それが吸収できてるかわかんないですけど、何かしらちょっと肥料みたいに効いてくれてたらなって。緩効性肥料じゃないけど後からじわりじわりと。決して努力は無駄じゃないってやっぱり言いたいじゃないですか。遠回りか寄り道してたのか。
渡邊:寄り道も必要なことだったっていう風にね。ここに来るまでの全ての道のりは必要なことだったって思いたいですよね。
近藤:一時は精神的にもかなり落ち込んでたけど気持ちが弱ってくるのはやっぱり良くないなと思って。本当に弱りきってたから弱ると今度は支えられなくなるっていうか脆くなる。 最近そこだけはちょっと健全にはなってきたんですけど、立場的にはまだ沈んでる感じはあって「もう壊れちゃう!」とかって思いながら床を踏み抜いて(笑) もう今はそこまで脆くはなってないんですけど。
渡邊:(4年前の工房訪問時)大谷石資料館に行く時のドライブ中とか結構ナーバスな話をしてたよね。
近藤:あそこら辺が一番沈んでましたね。
渡邊:まだ(百職での展覧会を)受けるか受けないかの話をしてたと思うんですよ、お邪魔した時。で、近藤さんが考えさせてくださいって言って。それで4月か5月くらいまでの、ギリギリでいいから返事くださいって答えて。そしたら返事がきて(展覧会を)やってくれるって話をしてくれた。
近藤:それで取材に来てくれたの2020年でしたっけ?
渡邊:2020年のたぶん3月か2月の末ぐらい。その時は「なんか俺人の前に出れるかどうかわからない」って言ってました。
近藤:その後、最後の梅雨の時期に(精神的に)壊れちゃって。それから引っ越すことになって「もう一度!」って思ってたけどまだ体はできてなくて。ちょっと無理して、また静かな時期が来た。でもその全てが自分だなって感じもあるし、先の景色がちょっと見えるようになってきてるだけでも全然今は違うっていうか。前は暗闇っていうかどうしようっていう。 いろんな人に自分の中の理想みたいなのはずっと言い続けてるけど、どうしていいかわからないみたいな状態だったんですね。一歩踏み出してみたけど思ってたよりも難しくて失敗したりして…。
(庭にヒヨドリが飛んできて)
渡邊:あっ!
近藤:あっ!…あの花(取材前に訪れた上三依水生植物園で買った草花)を狙ってきてるのかな、もしかして。
渡邊:来ましたね、舞い降りてきましたね。
近藤:やんちゃなやつらですね。
─────
近藤:百職さんのところには自分なりにある程度バランスのいい感じで出したいんですよ、今回は。普段そのバランスのいい感じをもう全然出せてなかったんで。
渡邊:チャレンジしたい。 なるほど、すごい。
近藤:いや、すごい感じじゃなくて自分なりの”ちゃんと”っていうか。きちんとって言ったらプレッシャーになるかな。選ぶときにどっちにしようかなぐらいに思えるような感じにはしたいなって。
渡邊:ああ、うん、すごいなって言ったのは、ある程度自分のしたいようにできるっていうところから、もう少し自分にプレッシャーかけてるじゃないですか。”ちゃんと”やれたらいいって。それがすごいなって、前進したなって思って。気持ちが上向いてて、それが「すごいな」って思ったんです。
近藤:ああ、ありがとうございます(笑) 上手くいくかはわからないけど自分なりにはやろうと思って。まあ今回は(うまくいかなかった時の)保険に岩見さんの(窯)もあるし、その時には多分ようやくガス窯も来てるから。
渡邊:ガス窯は新しくするの?
近藤: いや、(前の場所から)持ってくるだけです。それがあるとなんていうかダブル保険で気持ちの中でもホッとするし。小野くん(陶芸家の小野陽介さん)のお父さん(益子陶芸界の重鎮 小野正穂氏)が「最初に楽をしちゃうと大変だから続かない」って言ってて、それの意味が分かった。自分の想像を超えてどんどん締め付けられて経済的にも苦しくなってくるというか回らないわけです。そのやった労力を無駄にゴミ燃やしてるみたいな感じで。そこら辺やってきた陶芸の先輩方はすごいなと思って。
渡邊:(先人の先輩方も)幾度も煮え湯を飲まされてきてるでしょうしね。
近藤:分かったような風に聞いてたけどやっぱり自分でやってみないと分からなかったなと。まだ全然分かってないだろうけど。
近藤:最近須原(金工の須原健夫さん。近藤さんとは高校からの親友でもある)と喋りました?
渡邊:喋りましたよ、やり取りしました。
近藤:状況の変化とかは聞いてますか?
渡邊:引っ越しの話ですか?聞きました。
近藤:俺も最近連絡とって、会う話とか向こうが言ってくれたけど今はそれどころじゃないって2回くらい断ってて。引っ越しのことは全然知らなくて、物件の契約した後に連絡くれて。
渡邊:知った時期は同じくらいですかね。4月末か4月の初めくらいかな。あそこ(以前の箕面の工房)はいよいよ出ることになるみたいな話を聞いて。
近藤:ねー。ワクワクしちゃいましたよ、苦労しそうだなとか思って(笑) すごいなと思って。「飛んだ!」みたいな感じ。行きよったと思って。
渡邊:(物件を)買うって言ったから「お、そうなんですね」って(ちょっと驚いた)。最終的には買うだろうなと思ってたけど、次のところが最終(最後の移転先)かどうかわかんないかなって、前仰っていたんですよね。(箕面の物件は)親戚の方の持ち物だからいつかは出なきゃいけないけど、最後はどうしようかなみたいな。
近藤:なんか話聞いてても新しい物件は良さそうな感じですよね。あそこら辺植木屋さんとか結構多いんじゃないかな。多分そういうエリア。地図で見たら牡丹園が近くにあったり、似たようななんとか園があって。京都だと茶花とかでも宝塚の業者さんが卸してたりして。
渡邊:へえーそうなんですね!それは知らなかった。
近藤:そうなんです。向こうだと宝塚は結構有名。こっちだと(埼玉県)川口の安行とかに植木屋さんが多いんだけど。そういうのが育ちやすい場所だと自然に集めやすいっていうか。
渡邊:(須原さんは物件を)いろんなとこに探しに行かれてましたよね。能勢に行ったりとかもしてた時期もあったし、もうちょっと山間の、丹波も行ったんじゃないかな。でも丹波だと「地域の消防団に入らないといけなそうだから」と渋ってたなあ。
近藤:今度展示会の時に、(新しい工房に)ちょっと寄らせてもらおうかなって。家主の息子さんと誕生日が一緒だったとかって地味に喜んでて。縁みたいなところに何かエネルギーを感じてるみたいで。俺も結構あったんですよ、そういうの。変な力が働いてないと説明できないことが結構あって。
渡邊:不思議な縁というものはありますよね、説明できないことって。近藤さんがこの家に住むときにもちょっと不思議なことがあったりしました?
近藤:不思議なことしかなかったです、ここは(笑) 家を探しだして5日目で話が来たのかな。「2020年、個展中止、もう心折れました」って感じで。で、土地をどっか知らないですかと個展初日の予定日は物件巡りしてました。で、いろいろ地元の人に声かけてもらって見てみたんですけど、実際見たらピンとこないんですよね。何かどっか引っかかるというか、思ったほどないもんだなと思って。で、探しだして4日目だったか。俺を益子に案内してくれた須原の知り合いだった松本民芸家具を販売してた女の子がいるんだけど、その子の旦那が建築デザイナーで一級建築士でもあるんで家建てたって言ってて。実は前から新しく家を建てたので来てくださいって言ってくれてたけど5年も6年も行ってなかったんですよね。(近藤さんの)前の家は湿気がすごくて色んなところがカビたかカビたって言ってて、俺の中でもカビのない家がいいって言ってたんだけど、その新しく建てた家のこと聞いたら全然そんなことないですとか言ってるから夫婦でお邪魔させてもらって一緒にご飯行って昼間から飲み出して、向こうも最後夫婦で酔いつぶれるような感じ。そこはほんと八畳用のちっちゃなエアコン1個で結構広い建物全部が涼しくてカビも1つもなかった。じゃあ家建てる時はお願いしますとかっていきなりお願いして、向こうもデザイン料はいらんからとかっていろいろ言ってくれて。もうどうしていいかわかんない状態にちょっと希望の光みたいな、そんな家が存在するんだと思ったその日の夜かな、物件があるってグループラインが来て。
渡邊:それがここのことですよね?
近藤:そう。で、5日目の日に岩見さんに(返事は)早い方がいいって言われて、自分も早い方がいいっていうのは経験上わかってて。良い話があった時はすぐ動ける人間がだいたいいい思いをしてきて、ちょっと悩んでる人間っていうのはだいたい貧乏くじを引いてるっていうのを見てきたからものすごい動きが早かったんです。(メールが)来て1時間で決めた。最初2日後に奥さんと一緒に見に行くって予定にしてたけど、そう言ってる間に他に5人アポイントがあるって。小野くん(小野陽介さん)もいたし。もう「ここは俺のだ!」って。あとは出たとこ勝負、何が出るかって感じ。陶庫さんもびっくりしてた。「えー!5日で決めたん!?」って。他のとこも見ててあそこはいいんですけどねーとかって言ってたらあそこ焼き物屋さんぽくないとかって言われたりしてて、ここも焼き物屋さんぽいかどうかわかんないけど。
渡邊:焼き物屋さんが住み暮らしていたわけだから焼き物屋さんにぴったりの物件だと思います。
近藤:ただ(家屋周辺の土地の整備など)やることが多くて下手したら仕事に支障が出るかもしれなくて。仕事だけに時間を割ければいいんですけど、ほんじゃ今度周りが全部荒れ地になっちゃうから。
渡邊:そうですね、さっきもそのような(荒れた)木々が。(インタビュー前に周辺の土地を案内していただきました)
近藤:そう、でもそこをなんとかうまくやっていきたいなと思って。それこそ自分の理想の形に。さてどうなりますかね。
渡邊:ね、どうなりますかね。私はいつもの通り近藤さんがやりたいようにやってくれて…って大体いつも同じようなこと言ってますけど(笑)
近藤:そうですね(笑) その時その時で結局同じようなこと言ってくれてるような気がする。
渡邊:そうですね。でもその時その時で近藤さん結構劇的に状況が違うんで、一つ所にいない感じというか。
近藤:近藤劇場、ジャンプの主人公。
渡邊:そうですね(笑) 個展でも近藤さん自身がやりたいことをやってもらいたいです。
近藤康弘(こんどう・やすひろ) 略歴
1978 大阪府千里に生まれる
1997 京都で陶芸を学ぶ
2004 栃木県益子町 榎田勝彦氏に師事
2009 益子町にて築窯、独立
2021 益子内にて移転、築窯
近藤康弘 Nouvelle page ④
近藤さんが作陶したり、日々を生きる上でのインスピレーションとなる存在。
みっつめは、草花たち。
近藤さんはある時から「椿」に凝りだしたことがあった。
きっかけは、野花を生ける会に参加し始めたからだということだった。
椿を生けるイメージで花器を作る。
そのためには自ら椿や野花を実際に活け、以前よりも更に花器についても考えをめぐらすようになったという。
凝り性と収集癖のある近藤さんはそれだけにとどまらず、古い書物を漁りながら、日本各地にある椿の苗を集め始め、工房の庭で育て始めるようになる。
その間にも野花を生ける研究会に通い、同好のお仲間や先輩方を通じて季節ごとの野花の魅力にも触れることとなり、ますます野の草花に傾倒することになる。
実は私自身もヒマラヤなどの高山に咲く青いケシの花「メコノプシス」に子供の頃から憧れていた。
初夏に咲くその花を見ることのできる植物園を調べていた時、栃木県日光市にある「上三依水生植物園」でも育てられている事前情報はつかんでいた。
展覧会前の打ち合わせでお邪魔する近藤さんのいる栃木県益子町から植物園までは車でもおよそ二時間あまりの距離。
さすがに行くのは無理だと諦めていた。
がしかし。
いざ工房に行くと近藤さんは
「お話や工房を見てもらうのは明日でもいいし、どこか行きたいところありますか?俺、ノープランなので」
と言う。
それでもまだ行きましょうと誘い出す気はなく、草花好きの近藤さんへのネタとして上三依水生植物園の話題を出してみたところ、かなり遠いにも関わらず俄然近藤さんが興味を持ちだし乗って来てくれた。
「もしよければ連れていってもらえます?」
という厚かましいお願いにも関わらず、近藤さんはかなり前のめり気味で賛成してくれた。
そうして我々は初夏の日光上三依へと向かうことになった。
上三依水生植物園は日光市の最北部、福島県との県境の山間部「三依地区」に位置している。
山間の一部を贅沢に使った広大な敷地は22,000平方メートル。
駐車場から森林浴をしながら渓流沿いに歩いて入口に向かった。
チケットを買って園内に入ると、入り口左手に草花の株売りをしているショップがあった。
さすが近藤さん、かなり熱いまなざしですぐ下見を始めていた。
ここでしかお目にかかれなさそうな珍しい品種や色のものもあり、充実の品揃え。
しかもどれもかなりのお買い得価格。
きっと今のうちにいろいろ目をつけて、帰りに買って帰るつもりなのだろう。
園内は起伏も少なくさまざまな花々の美しい姿を楽しめた。
日光ではおなじみの「ニッコウキスゲ」や可憐な薄紅色の「ヒメサユリ」なども生息していた。
園内には湿生植物池、水生植物池、和風庭園などもあり、清らかな水と植物の織りなす風景と花々を楽しみながらの散策はとても気持ちよかった。
水辺に群生する菖蒲や睡蓮の仲間も咲いていた。
ゆっくり見ていたが到着が遅かったのであっという間に閉園時間に。
園内の見回りのおっちゃんが
「もうすぐ閉まるよ」
と遠くから声をかけてきた。
すかさず近藤さんが
「売店での買い物はまだできますよね」
とのんびり聞くと
「もうお釣りのお金仕舞ったからダメだな」
とまさかの宣告がなされた。
それを聞くやいなや近藤さんは
「マジか」
と呟き、突如ウサイン・ボルトよろしく全速力で一目散に駆け出した。
何かを絶対に手に入れようとする時の強い意志、獲得欲とでも言ったらいいか。
いざとなれば人間は思いもよらぬスピードを出せるものだと見事に証明してくれている近藤さんの背中を見守った。
近藤さんはものすごいスピードで先に行ってしまったのでショップのおばちゃんやおっちゃんとどういうくだりがあったのかはわからないが、私が追いついた時には事前に唾をつけていたものを手にしながらも、更に粘って
「ああ、いや待てよ、こっちもかなり珍しいやつだし」
「この色のはたぶんまだ持ってなかったな…」
とぶつぶつ言って熱心に物色していた。
ようやく選び終え、お金を支払った近藤さんの顔には安堵と充実感が溢れきっていた。
(しかし買い物の際に持ってきていたカメラを店に置き忘れるという、小さくはないポカをやらかしてしまうのだが…それもまた近藤さんなら近い将来、笑い話に変えられるはず)
往復4時間のドライブを敢行して頂いたおかげで素晴らしい時間を過ごせた。
近藤さんと草花との邂逅。
それは彼の人生と陶芸に、新しい喜びと情熱とインスピレーションをこれからももたらすことになるだろう。
近藤康弘 Nouvelle page ③
近藤さんが作陶したり、日々を生きる上でのインスピレーションとなる存在。
ふたつめは、2021年に益子内で移転した新たな工房と広い庭、そして周辺の林だろうか。
雨巻山という山に抱かれるようにして、近藤さんは新たな場所で暮らしながら作陶している。
以前も別の陶芸家の方が自らリフォームして暮らしていたという住居と陶房の建物。
横には江戸時代に建てられたという大きな古民家が印象的だ。
山あいにぽっかりと出来上がった平たい土地に建つ建物、そして庭。
庭には、以前の工房から運んできた植物も植え替え、庭の引っ越しもした。
その上、まだまだ新しい草花の株や苗もスタンバイしているような状態で、充実ぶりが著しい。
念願だった畑も小さな面積で始めたという。
修業時代の窯元には畑があり、その世話もしながら皆で作陶し、その楽しさがずっと心の内にあった。
古き良き益子の、半農半陶の暮らしを、新しい場所でしてみたかったのだという。
工房へ向かう道は沢と田んぼがあり、家と工房の奥へ進むと雨巻山の林道へ続いていく。
この林の散歩へ、一緒に連れて行ってもらった。
山に続くあちらこちらに異常がないかのパトロールも兼ねているようだったし、倒木があれば邪魔にならない場所にどかしたりもするという。
そして林に育つ草花を愛で、沢の風に吹かれるのを楽しんでいるようだった。
ここに暮らす者として、何かを守っているような姿も印象的だった。
新しい工房や畑を手に入れたが、その理想を現実の暮らしとして続けていくには大変なことも多い。
すべてが出来上がっているところに「ぽん」と収まるのではなく、収まってから同時進行で形成しながら生きていく。
家の手入れ、工房の手入れ、庭や山林の手入れをしながらやきもの作りをする。
広い庭の手入れでは、林に面しているところに生える大きな木々を伐採する作業もある。
木を一本切るだけでも大変な労力と時間が必要だ。
やきものだけに集中していればいいわけではなく、想像以上のやるべきことがたくさんある。
ひとつひとつのことと向き合いながら、近藤さんは手探りで進む。
新しい暮らし、新しい時間の過ごし方の模索。
それらはまだ始まったばかり。