読み物

夏の家 ④

火詩さんに訊く

火詩さんに訊く


7月展「夏の家」では4人の方に出展して頂きます。
建築家 久米岬さん、青竹編組の石井美百さん、イラストレーターの火詩(ひうた)さん、ガラス造形の森谷和輝さんです。
それぞれから生み出されたものたちが、同じ場に集まって、夏の家は呼吸し始めます。

4月に行われた展覧会打ち合わせ。
竹の石井さんは一番ご近所で垂水区のご自宅からやって来てくださり、他の三人とはまったくのはじめましてという状態。
建築家の久米岬さんとイラストレーターの火詩さんは、パートナーとして東京で二人暮らしをされており、この日も東京から。
そして、久米さん、火詩さんとはすでに何度も面識のあるガラスの森谷和輝さんは敦賀からいつものようにお越しくださりました。
4人の皆さんと一緒に顔を合わせ、それぞれが感じていること、考えていることを出し合いながら、少しずつ少しずつ皆で船を漕ぎ出しました。
あともう少しだけ4人の皆さんそれぞれの、心の内側、思考の内側のような部分も見てみたいと、質問を投げかけさせて頂いたり、インタビューをさせて頂きました。
展覧会に興味を持ってくださっている方にも、ぜひ読んで頂いて、足を運んで頂けると嬉しいです。


――どこに魅力を感じ、今の道を選びましたか?

火詩「物心ついた頃から絵を描くのが好きだったので、自然と今の道を選んだように思います。〈イラストレーター〉を意識したのは、多分小学校から中学校へ上がるくらいの頃で、透明水彩に出会ったのがきっかけだったと思います」

s-IMG_0328-2-1.jpg
火詩「絵を描く机。今はもう少しいろいろと増えました」(写真も火詩さん)


ーー今回ご出展の皆さんが仕事にしている建築、絵画、竹細工、ガラス工芸はどれも「目指したい」という人が多い分野だと思いますが 続けるにも苦労はあるはず。挫折を感じた出来事、そういった気持ちを抱いたことはありますか?うまくいかないと感じた時の乗り越え方は?


火詩「具体的に『ここで挫折を感じた』ということはあまり浮かばないのですが……、今はどうしても反応が数字で見えやすい世の中ですし、イラストは特に画面上で評価される機会が多い分野だと思うので、反応がなくて落ち込む、ということはあります。特に独立したての頃は、それでよく落ち込んでいました。今も無いわけではないですが、短時間で復帰できるようになったとは思います。
多分、独立したての頃は、会社勤めだった4年間にあまり「作品」としての絵を描く時間が取れなかったので「絵をつくる」感覚がなかなか取り戻せなかったことと、その4年間で自分の描きたいものも変化してきていて、理想と自分の手から生まれるものの乖離に悩んでいたように思います。自分が描くものに自分でも納得できていないところがあるから、余計不安だったんですね。2年と少しが経って、今はだいぶその辺りが馴染んできて、リハビリが終わりつつあるのかな、という気がします。
不安解消については2022年頭に半年間通っていたイラストレーターの山田博之さんの講座のおかげもあって、細かくお話しするのは難しいんですが「人の意見を気にせず、もっと自由に楽に描いていいよ」ということをじわじわと浸透させてもらったような感じでしょうか。
乗り越え方については、信頼できる人と話したり、やっぱり数を描いていくしかないところもあると思うんですが、ひとつ“リハビリ期間”にやっていたのが、絵を描く方の「文章の本」を読むことでした。絵を見て技法的なものを学ぶのではなくて、何を考えているんだろう、というところにも目を向けよう、という。それが良かったのかはわからないんですが(笑)。
絵本画家の安野光雅さんや、画家の有元利夫さんの本が多かったと思います。中でも安野光雅さんと、彫刻家の佐藤忠良さんの対談をまとめた『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』(中公文庫)という本が素晴らしくて、今後も悩んだ時には何度も手に取りたい本だなと思っています。お恥ずかしながら佐藤忠良さんのお名前をちゃんと認識したのはこの本を読んだ時だったんですが、絵本『おおきなかぶ』の絵も描かれた方なんですね。そんなおふたりなので絵にについてのお話が多いんですが、絵描き以外でも、手でものを作る方に通づるところがあるんじゃないかなと思います。ちょうど最近久米さんにもお薦めしていて(火詩さんと久米さんはパートナーでもあり二人暮らしされています)、私もついでに再読したらやっぱりとても良かったです(笑)。背筋が伸びました。
余談ですが、少し前に箱根のポーラ美術館で佐藤忠良さんの彫刻を観て、すっかり心奪われてしまったので、今はその時の写真をパソコンのデスクトップにしています。


s-IMG_8936-2.jpg
火詩「森谷さんにDMの絵と交換でわがままを言って作っていただいた水入れ。本体のさらさらした表面と、ふたの部分のつるりとした表情の違いが好きです。よっぽどの地震じゃなければ倒れなさそうなずっしり感もお気に入りです」(写真も火詩さん)


ーー今の取り組みを続けている原動力はなんですか?

火詩「『描く楽しさ』と『喜んでもらえる嬉しさ』でしょうか。昔からずっと絵を描くことが好きで、生きていくことと描くことは切り離せなくなっていて、誰に見せるわけではなくても、単純に描いていて楽しい、というのがひとつ。
もう一つは、私はありがたいことに小さい頃から周りの人たちに絵を褒めてもらって育って、友人たちに絵を見せたり、プレゼントして喜んでもらったことの嬉しさが自分の中に根付いているんだなと思います。
お仕事でも、やっぱり担当者さんや見てくださった方が喜んでくださるのが一番嬉しいですし、励みになりますね。
あとは透明水彩がとても面白い画材で、もう15年以上触っていますが一向に飽きることなく、触るたびに美しいなあと思うし知らない表情が尽きないので、画材の魅力もひとつの原動力かもしれません。

s-IMG_3796-2-4.jpg
火詩「絵を描く際はいつも、筆についた色を確認するためにいらない紙に試し書きをするのですが、いつもなかなか面白い表情をしてくれるので最近は専用のノートを作りました。奥は気に入った混色などを記録しておくノートです」(写真も火詩さん)

s-IMG_3793-2-1.jpg
火詩「絵を描く机。実は一度弱って、葉も全部落ちてしまったクワズイモ。今は元の何倍も大きくなってくれて嬉しい日々です。手前にあるマグカップは陶芸家の小谷田潤さんにオーダーで作っていただいた特大サイズで、毎朝コーヒーを淹れています」(写真も火詩さん)



ーーご自身の制作や作品のよりどころ(物質的なものでも、精神的なものでも)としているものを教えてください。


火詩「あまり考えたことがないのですが、自分自身が良いと思えるものを描く、というところでしょうか……。拠り所って難しいですね。先の質問で挙げた『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』は、迷走した時に立ち戻る教科書的な存在としては、拠り所と言っても良いのかもしれませんね」


s-IMG_0294-1.jpg
火詩「アトリエの本棚。ここには主に私の本を並べていて、久米さんの本は別のところにあります」(写真も火詩さん)


ーー「夏の家」にちなんで。幼い頃でも大人になってからでもいいのですが、家での夏の過ごし方に関する思い出を教えてください。建築家の久米さんとはプライベートでもパートナーで、今お二人で暮らしていらっしゃいますが、またお気に入りの夏暮らしの風物(例:蚊取り線香の香りとか、庭先での花火とか)はなんですか?

火詩「今の住まいに暮らすようになってからは、毎年夏前になるとゴーヤの苗をいただくので、それを育てるのが風物詩になっています。今年も今で50cmくらいの背丈にはなりました。昨年はあまり実がならなかったので、今年はたくさん実ると良いなと思っています。
お気に入りの夏暮らしの風物はいくつかあり、ひとつは鉄の風鈴。父の小屋に眠っていた古いもので、とても高く澄んだ気持ちの良い音がします。森谷さんのガラスのbellは年中飾っているので(笑)。こちらは夏限定、ということで季節との結びつきが強いですね。
あとは夏のお出かけのお供として、Chappoさんの麦わら帽子と、イイダ傘店さんの日傘でしょうか。最近久米さんがイイダさんの団扇を買ってきてくれて、それも仲間入りしそうです」

s-IMG_3794-2-2.jpg
火詩「神戸に移って初めての百職さんの展示でお迎えした森谷さんのbell。絵を描く机の目の前にかかっています。pebbleworksさんのオブジェと一緒に飾るのがすっかり気に入ってしまいました」(写真も火詩さん)


ーーご自身が手がけたものは、手に取ってくださる方にとってどのような存在であってほしいですか?


火詩「ふとした時に「なんだかいいなあ」と思ってもらえるものであれば嬉しいですね」

(了)




火詩(ひうた)略歴
名古屋市立大学 芸術工学部卒
都内の会社にて、イベント企画や雑貨の販売等に携わり、2021年4月に独立
以後フリーランスとして、広告、出版などのイラストレーションを手がける
建築家の久米岬さんと共に「くらしの学校」としても活動
1