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2022.12.01 Thursday

読み物

井上茂 こころの風景 ③

  • 井上茂さん、語る。 その1

    井上茂さん、語る。その1

    “僕の『井上茂』っていう意味が無くなっちゃうって思ってる”


    今回3年ぶりに個展をして頂く愛知県在住の井上茂さん。
    2016年のある日、突然自作を携えて百職を訪れてくださったのがきっかけでお取扱を始めることになってからもう6年が経とうとしています。
    それからは、日本各地のみならず海外でも作品がお取扱されるようになり、ご自身もあえて変化を求めながら様々な挑戦をし続けていらっしゃいます。
    自分の中の「井上茂」という意味はなんぞやと考え、並行しながら夢中で手を動かす日々。
    これまでの道のりと、現在とこれからへ向ける少年のようなワクワク感を交えながら、井上さんが溢れる思いを語ってくださいました。


    ○陶芸家の存在を意識したことも全くなかった

    最初は別に焼き物って全然興味があったわけではなく、写真が好きだったので常滑(※1)の散歩道は被写体でした。家内と2人で行っとったんですけどすごく昭和レトロな場所です。そこでちょこちょこ写真を撮ってて、とある陶器屋さんに『ああ、感じの良いところだ』なんて、ちょっとお伺いして。それから話もして仲良くなって。陶芸っていうのがそこには身近にあって、常滑だから。でまあ、ふと仲良くなった時に『人が足らないんで穴窯の窯焚きしてくれない?』っていう話になって。
    ほとんどお祭り騒ぎみたいに、穴窯をアマチュアの人が焚いてたんで。なんちゅうのかな、(昔の窯焚きのやり方で)もう1週間ぐらいかけてじんわりじんわり焚いて、贅沢三昧にぼんぼん自然釉を流すような焚き方をしてたんですけど、窯焚きの人手がいない。それで面白そうだったから引き受けて。と同時に陶芸とか器とかのお話になった時に『あ、轆轤回したいよね?』と聞かれた。誰しもが1回はそう思うだろうし。

    それに物を作るのが好きだったんです。あとやっぱ土とか石とか化石とか大好きだったので。それはもうガキの頃から。全然その普通の少年とはちょっと違ってたね。根暗な感じだったんですよね()。それで石とか…まあなんか1人で遊ぶことが好きで。
    器とか興味があったわけでは全然なくて、陶芸家の存在を意識したことも全くなかった。ただ(窯番だけじゃなくて)轆轤も回してみたいよね?と聞かれて、じゃあなんか作りたいという話になり、陶芸体験っていう形でマンツーマンでやってもらって。教えてくれたご夫婦がすごく素敵な人たちだった。実際に陶芸をやってみると奥が深くて、最初はまあ酷いもんだったんだけど。

    で、体験でちょっとやりたくて器が作りたいのか、とりあえず教室を開けるぐらいの技能にさせてほしいのかどうする?と聞かれたときに、どうせやるなら本格的にやりたいですって答えたんです。どうせやるなら。やっぱり凝り性なんですよ。すごく突き詰めて、調べて調べて…とするので。まあやるんだったら本格的にやりたいって言って。そこで挫折すれば仕方ないけど、でも挫折はせんかったんですよね。同時に穴窯(の窯番)にちょこちょこ行ってやっぱり楽しくて。いきなり究極的なところへ行ったよね、そこで。

    最初は窯を焚いてるだけだったのが、どうせなら作品作ってこいと言われるようになって。それで原土渡されて、初心者に対してこれで作ってこいっていう()。これで何でもいいから作っておいでって言われて。僕の親父が土木関係の人だから、僕は(原土を渡されても)そんなに抵抗もなくて。『ああ、じゃあこれを溶かして、乾かせば粘土になるのかな』とそれなりにやって。轆轤の練習もして穴窯の作品もやりながら、同時進行でやってました。ある時すんごいボロボロの轆轤と出会って。常滑だとしょっちゅうそういうの出てくる。だからすぐ貰って。それから家でもう毎日やってました。夢中になっちゃった。

    あと穴窯の魅力ってすごくて。素人で“それらしき物”を作ってもやっぱり恰好良くなる。(当時手伝っていた窯焚きは)すごく贅沢な焚き方。みんなアマチュアだからこそ、材もふんだんに使って常滑の焚き方をしてたので、もうすごかった。火前なんて置いてたらもう自然釉べったりだし。最初はそういうことやってた


    同時進行で器を作ることを習っていて。教わった先生に『井上さん、とりあえず磁器が挽けるようになって、磁器でコップがちゃんと薄くあげれるようになったら卒業だよ』と言われた。磁器が作れるようになれば大体の土を作れると。あとその人には『絶対薄く作らなきゃダメだよ』って言われて。『器は薄くならないと、重たかったら使ってもらえないし、薄く作れれば厚くも作れる。厚くしか作れない人は薄く作れないからね。磁器っていうのはやっぱ難しいので、磁器が挽けるようになったら一応卒業』って。どうだろうね、月に2,3回行ってて、あとは家でずっとやる。それと並行して原土を轆轤で挽いとったんですよ。もう水なんかつけたらすぐにぐっちゃぐちゃになるような挽きにくいようなのを。

    ※1 常滑(とこなめ)
    愛知県常滑市は中世最大のやきものの産地。知多半島には500以上の古窯跡が発見されておりいかにこの地域でやきもの生産が盛んだったかがわかる。常滑は庶民向けの量産品が多かった。手間を省くために、常滑では釉薬を使わない焼締が行われ、古くから穴窯(穴を掘っただけの簡素な窯)で焼き上げる。そのため燃料の藁などが多く器に降りかかり、自然な釉薬となった。現在は朱泥の急須が多く作られている。


    →その2へ続く


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