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2022.05.28 Saturday

読み物

叶谷真一郎 Listen ④

  • 叶谷真一郎さんロングインタビュー / 前篇

    叶谷真一郎さんロングインタビュー / 前篇

    数えてみるとはじめてクラフトイベントで知り合ってから今年で10年になる叶谷真一郎さん。
    神戸市北区で拠点を構え、百職もその神戸に二年前に移転してきて、いよいよ叶谷さんの展覧会を迎えます。
    お付き合いが長い分、だいぶ以前にお聞きしたことを今改めてお聞きしてみたり。

    陶芸を職業に選んだ理由から、思わぬ学生時代の頃の映画熱と夢、でもそこから見えてくる叶谷さんの本質が興味深いインタビュー前篇。
    真一郎さんの奥様で、発酵料理家の尚子さんも同席して頂いて賑やかに和やかに話が進んでいきます。
    どうぞお楽しみください。


    ○見えない部分をちゃんとする

    ―もうこれいろんな方から聞かれたことあると思うんですが、改めてうつわを作ろうと始めたきっかけは?

    真「生業にしたきっかけは、ということですよね?」

    ―そうです。

    真「困る質問の第一巡目くらいですね。いやあ別になんてことないんですけどね、あの学校(最初に陶芸を勉強した伝統工芸専門学校)を知って色んなコースがある中で陶芸を選んだのは一番生活しやすいかなって。極めて現実的です。特にやきものの誰々の見て衝撃を受けたとか一切ないので。残念ながら」

    尚「職業やんな。でも何か作ろうとすることを選んだんやんな。」

    真「そうそう、だからあの学校を選んだわけで。性格的には職人向きやなと思ってて。コツコツ地味にやってくという。だから作家というより職人ですよね」

    ―それって高校生とかで普通の勉強をされてて、その中で自分は職人向きだなと考えてたんですか?

    真「いやいやまさかこんなんなるとは思ってなかったですよ」

    ―じゃあ学生の時はサッカー少年とかだったんですか?

    尚「まさか!」

    ―まさかって尚子さん…(笑)

    真「いやいや、スポーツはそんな…あり得ないですね…。高校の時の夢はね、あー、十代の頃は映画監督になりたかったっすね。映画が好きだったから」

    ―ああ、向いてそう

    真「特にもう黒澤明が好きで好きで。もうほんっとうに黒澤組に入りたいなって思ったくらいで」

    ―この間BSで『乱』やってましたね

    真「あ、やってましたか!」

    尚「知ってますか?黒澤映画とか」

    ―少し観てますよ

    尚「私全然知らないんですよ」

    「この人(尚子さん)に昔ビデオをダビングしたやつを『天国と地獄』とか『椿三十郎』とか貸したら『挫折した』って言ってました(笑)セリフが聞き取れないって。当時の言葉を話すじゃないですか時代劇って。理解できない、無理って」

    尚「何かね、結婚する前は私もちょっと猫被って。この人がすごい好きやって言うから『私も観るわ~』ってかわい子ぶって(笑)みたものの…」

    真「『天国と地獄』は時代劇なんでいけるかなと思ったんですけど。見終わったら話せるかなと」

    尚「なんかああいう感じが全然引き込まれへん」

    真「白黒やしな」

    尚「見ても何やってるかわからへんし、言葉も何言っとうか全然わからへんからあらすじも全然わからへん。何これって」

    真「(大笑いする真一郎さん)」

    ―クロサワはクロサワでも黒沢清ならいけるかな

    真「ああ黒沢清は現代劇だからね。まあでも観てないよね、この人は。(尚子さんは)韓国ドラマだね」

    尚「そうだね」

    真「まあこの人の話はいいよね」

    ―(笑) そうか、真一郎さんは映画監督かあ

    真「そう、映画好きで。脚本の書き方とか映画の撮影術とか本を読んで。あとは黒澤明のことが書かれた本、評論家が書いたり、インタビュー集だったりとか買いまくって読みまくって。映画はもうセリフを覚えて空で言えるぐらいまで何回も観て。何回観ても飽きないんですよ。新しい発見があって。画面の隅々までピントをすべて合わせるパンフォーカスという技法で撮ってるんですけど。だから常に『あっ!』っていう発見があって。黒澤自身も『映ってないからって手を抜くな』って役者さん全員に指示するんですよ。ちゃんと演技してくれって、すべてを」

    ―フレームの外にいる人たちにもってことですよね

    真「そうそう。映らないのにちゃんとやらせるという。完璧さを求めるという。すーごい感化されて」

    尚「それから何にも言うねんな。いつも私がさ…」

    真「あ、そうそう。映ってなかったら意味あるん?とかって言うんですよ」

    尚「そう。言ってしまう。掃除する時も玄関とかやたら綺麗にしようとするから『玄関なんてみんなぱぱっと入ってきて見てないこと多いで』とか言ったら『いや、そういう問題じゃない』とかさ。仕事も見えない部分をちゃんとするっていうのに繋がるんやな」

    ―細部に宿るっていうことに繋がりますね

    真「うんうん、美は細部に宿るっていう」

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    ―ちゃんとふだんに生きてますね。黒澤さんの映画

    真「今でこそ観ようと思ったら色んな手段で観れますけど黒澤明も。僕の高校生の頃ってビデオ化されてなかったんですよ」

    ―そういうのいっぱいありましたね

    真「小津安二郎とか溝口健二とか三大巨匠は…いや、溝口もなってなかったな。小津さんだけ『東京物語』とかなってたからレンタルで観ることができたんだけど。とにかく黒澤明観たくてしょうがないのに無いと。『影武者』『乱』はカラーだから新しくてあったんですけど。それより古い『七人の侍』とかもうキネマ旬報ベスト100とかの1位に選ばれるやつがね。無い」

    ―絶対選ばれるやつですよね

    真「だから観たくてしょうがなくて。今もう無くなっちゃったけど『ぴあ』って雑誌あったじゃないですか。映画コーナーの更に最後のほうにオフシアターってコーナーがあって。どっかの再上映とか」

    ―リバイバルとか名画座で昔の映画上映してくれますよね

    真「毎月本屋行って『どっかでやってないかなー』ってチェックして」

    ―あ、だから岩波ホールって書いてたんですね。7月に閉館するって

    真「そうそう、そうなんです!」

    尚「そんなんどこに書いてました?」

    真「インスタに書いた。岩波ホールはミニシアターの先駆け」

    ―そう、閉館はショック。真一郎さん書いてはったの読んで知って

    尚「そんなんよう渡邊さんわかるねえ」

    真「ちなみに僕が受験で東京行った時にお宝レコード探しに神田の探索してて。古本屋とレコード屋両方。その時に岩波ホールもまわって。で、オフシアターで僕が初めて観た黒澤映画は京都のセンチュリーホールでやってて。今残ってるのかなあ」

    ―無いと思いますねえ

    真「ああ、まあ、でしょうねえ。そこで初めて。それが僕が高校3年の12月の期末テスト中だったんですけど」

    ―ははは!テスト中!

    真「早く終わるから、テスト中だから。そこからすぐに着替えずに電車に乗って京都まで行って」

    ―テスト勉強しないで!

    真「だってテスト勉強どころじゃないです。頭の中は黒澤映画だけ」

    ―そうですよね、あんな観たかったわけですし

    真「それで初めて観たのが…」

    ―何だったんですか?

    真「『隠し砦の三悪人』!リメイクもされましたけど」

    ―うんうん、されてましたね

    真「リメイク作品が全然良くなかったっていう」

    尚「この話なんなん?これ今日映画の話?」

    真「話せる人が来たから嬉しくなっちゃってさ…。で、それが初めて観たやつだったんですけど。世間的には日本での評価はそんな高くないんですけどね。スターウォーズの原型になったりとか。あと最初の隠し砦のロケシーン、宝塚なんですよ」

    ―え!

    真「蓬莱峡っていう所で。観終わった後一人で蓬莱峡に行ったくらい」

    ―完全にテスト勉強は無し

    真「はい、テストどころじゃなかったです。あと『蜘蛛巣城』の二本立てだったんです」

    ―豪華ですねえ。しかしこんな高校生って…

    真「それが初めてで。それ観てもう~面白くて。いやもう凄いと思いました。観た時は絶対黒澤組で働いて将来自分も映画撮るぞと。日本での黒澤映画の評判がいまいちそんなに高くなかったんで。海外のほうが高いっていうことにジレンマを感じて。ちょっとこの良さをみんなに知ってほしいと思うんですけど誰に言ってもピンと来ない人ばっかりで」

    ―(笑)

    真「こういう話できる人、周りにずっといなかったんで。高校の時なんか絶対いないし」

    ―高校生だと当時はいなさそうですね

    真「卒業してから浪人してたんですけど、黒澤の話しても、映画好きの人はいるけど黒澤映画は『うーん…』みたいな。当時はもうスピルバーグ全盛、ルーカス全盛の時代だったんで」


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    自分にしかできないものを作れるはずだ!とか、良いように捉えて



    ―そこから映画の道には実際行かなかったんですね?

    真「一回日大の芸術学部に映画学科があるんで受けようかなって思ったことありました。でも結局受けなかったんですけど。大学は芸大、美大を目指してたんです。平面のほう。浪人しまして。その時点で僕はクリエイティブな仕事向いてないなということを悟ったんです。しかも立体が苦手だった。平面が得意で。まさか何の因果か立体を今やってるんですけど。で、まあ向いてないって悟ってその後自分探し。何も考えなかったんで芸大諦めてから。やりたいこともないし普通に物流センターで働いてました。でもやっぱりなんか自分にしかできない仕事したいなって。考えたのが、ちょうどあの学校ができるって新聞か何かで見て。『ああ、こんな学校あるんか』て思って。ちょっとふっとピンときたというか。コツコツするの向いてるかなあと思ってたんで。職人やったらいいんやないかなあとその時は思ってたんであの学校に入ったんです。で、一番現実的なのが陶芸かなあと思って。食器が一番身近だからかな。あそこ特殊じゃないですか。石とか漆とか金属工芸とか竹とか馴染みが無かったんでどうなんだろう、食べていけるんやろかと思って。まずはそこを考えたんですよね」

    ―ああ。金工とか叶谷さん気質的に向いてそうですね

    真「あのねえ、陶芸じゃなかったら金属いいかなって思ってました!竹や漆は違うなって。順番で言うと陶芸、金工かな。入学してからは作家志向になりましたね、職人じゃないなって思っちゃったんですよ。自分で考えて形にできるって作家だし、職人だったら言われたものしか中々やれない。だからちょっと違うなと思ったんでしょうね。クリエイティブな仕事向いてないと思ったにも関わらずまた色気が出てきたんでしょうね。やっぱりやりたいなって。きっと自分にしかできないものを作れるはずだ!とか、良いように捉えて」

    ―そうですね。せっかく作るんだから誰かに言われたものを作るだけじゃなくて自分だけしか作れないものを作る楽しさも感じたいですよね

    真「すいません。黒澤映画で尺を取り過ぎましたよね?」

    ―かもしれないけど面白かったからいいです(笑)。夢を追い求める姿が

    真「結構夢見がちです。小学校のころの夢はプロレスラーやったし。漫画家とかね。でも本気で考えたのは映画監督ですよね」

    ―その映画監督の夢についてはどうやって食べていこうかって先のこと考えてたんですか?

    真「いや、考えてなかったかも。でも食べていけるかというよりもねえ…うーん。運命かなみたいな。『最近はがっちりした構成を書ける脚本家がいない』って黒澤さん嘆いててはって、それはなぜかと言うと『昔の文豪を読まなくなったからだ』と言ってて。それを知ってから夏目漱石やら川端とか色々読みだして。あとそれとは関係なく山本周五郎っていう…」

    ―あ、時代小説家の

    真「あ、そうそう。時代小説ですね。山本周五郎が好きで読んでて。で、偶然黒澤作品にヤマシュウを原作にした映画があるんですよ。『赤ひげ』とか。『椿三十郎』も『日日平安』というのを題材に。あと『どですかでん』も。『季節のない街』が原作かなあ。とにかくヤマシュウのが3つくらいあったんで。すごいそれも運命を感じて」

    ―シンパシー感じますね。黒澤さんと俺って気が合うんじゃないかみたいな(笑)

    真「そうそう!もう、うわあと思って。そういうこともあったんで。山本周五郎も黒澤明もどちらもヒューマニズムをテーマにしているという。そこも何か良いなと思って」

    ―若い頃に得た影響は大きいですね

    真「そうなんですよ。スピルバーグとかより僕はその三巨匠が大きい。もう一人あと成瀬巳喜男さんっていう」

    ―ああ、はい

    真「え!ご存知ですか、すごい。ちょっと陰に隠れちゃってるんですけど。も好きで。その作も当時観ることができなくてビデオ化されてなくて」

    ―成瀬さん渋い存在ですもんね。成瀬さんの撮った『流れる』っていう映画。原作の幸田文を読んでで好きで。だから映画のほうも観たくて昔探しましたけど当時はなかったなあ

    真「へえ!僕もタイトル忘れちゃったんですけど成瀬さんの映画は加山雄三と高峰秀子さんのやつを観たんです。そのロケ地が山形県の銀山温泉っていうところがあって。それでこの人にずっと銀山温泉に行きたい、行きたいって言ってて」

    ―理由がそれ?

    真「そう。その銀山温泉の街並みがすごい古い木造建築で。千と千尋っぽいっていうレトロな。ちょっと城崎っぽい、川が流れてて橋があって両側にこう古い温泉街があって。まだ行けてないんですけどね。映画から学んだり影響されたことってありますねえ」

    ―見えないところをちゃんとやるっていうのは良い形で残ってますよね。映画は撮れなかったけど。陶芸に生かされてますよね

    真「映画界に入るっていう手段、情報が自分で集められなかったんですよね。ネットも無いし。そういうのが色んな手段があるってわかってたら映画の世界に行ってたかも」

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