読み物
夏の家 ⑥
森谷和輝さんロングインタビュー / 後篇
それぞれから生み出されたものたちが、同じ場に集まって、夏の家は呼吸し始めます。
4月に行われた展覧会打ち合わせ。
あともう少しだけ4人の皆さんそれぞれの、心の内側、思考の内側のような部分も見てみたいと、質問を投げかけさせて頂いたり、インタビューをさせて頂きました。
展覧会に興味を持ってくださっている方にも、ぜひ読んで頂いて、足を運んで頂けると嬉しいです。
渡邊:最初の頃も、ホウケイ酸ガラスは透明度が高いガラスで工業的な部分があるから温度感を出すとか空気感を出すのはすごく難しいっていう話はしてたかなと思うんですけど、それが良い風に映る場合もありますし。面白いですね。ガラスとの出会いが森谷さんなんか時代時代であって、それも面白い。大学の頃のガラスとの出会いとか…。
森谷:大学の頃の(笑)。そこまで戻るとそうですね…飽きずに随分やってるなあと思います。
渡邊:そうですよ、本当ですよ。
森谷:もう終わらないですよね。
渡邊:(娘さんが大人になっても)お父さんまだガラス吹いてるな、とか思われるわけですよ。
森谷:(笑) なんか終わらないタイプのやり方ですよね。
渡邊:終わらないね。極めるとかじゃないんでしょ?
森谷:極める…そうですよね、そういうタイプの人もいるんですよね。
渡邊:自分の目指したいものがあってそこに近づいていこうとするタイプの方もいますよね。例えば、親父がいて親父が作ってたものに近づいていきたいっていう人もいますよね。ある一つの終着点というか目指す場所を持っている。そういったタイプの方の場合はそこを越えたら終わりなのか。でも到達してもまた新たな目標をできるかもしれない。終わりは来ないのか。
森谷:来なそうですよね。同じだね。
渡邊:何か確固とした理想がある場合は、そこはまた違うのかもしれないですけど。
森谷:そうですね。その一個に集中してる分すごい深みが出そうな気がしますけど、ちょっと幅広いよね、僕ね(笑)。ちょっと幅広いのが気になってます、自分でも。大丈夫なのかなって。
渡邊:そうなの?でもそこは尽きない面白さがあるっていうことなんじゃないですか?
森谷:そうやってごまかして「なんかあるんじゃないかなー、こっちも」みたいな。しょうがないですよね、僕はそういうタイプの人なんでしょうね。
渡邊:お宝を掘り当てるとかそういうものでもない。なんか冒険者というか探検家みたいな感じなのかな。うちの店じゃなかったけど最近だとURUNOさんのお店での個展でもテーマがあってやったりしてるから、それにどれだけ到達できたのかっていうのは一つあるんですかね?
森谷:大体テーマみたいな、こういうのどうかなって言ってもらったりした時は、まあ始まり?きっかけみたいな感じでそれも作りたいなって思う感じ。
渡邊:いつもそうだ(笑)。
森谷:そうそうそう。発見があるんですよね、やっぱり。自分では作らないようなものを作ったりすることになるから、作ってみると自分なりに気づいたり、その中でも特にこういうのが好きだなとか。その後に繋がる蓄積みたいなものになってる気がするんですよね。
渡邊:その展覧会が終わったからと言って、別にそこでスパッと終わる感じじゃないですよね。
森谷:そうですね、終わらない感じ。まあ全部そうなんだと思うけど、やればやった分だけみたいな感じがしますけどね。
渡邊:自分の中に残って続いて積み重なっていくものなんですよね、きっと。
森谷:やっぱりそういうことにチャレンジするのも楽しいし、そういうことをやってるといつものがまた作りたくなるから、バランスなのかもしれないですけどね。すごい修正してやった後にもう一回振り返って今度もうちょっとこうしようかなみたいな。
渡邊:ああ、気づく時があるんですか?何かいつもとちょっと違う仕事をしながら、その作業の中でいつも作ってるもののこのディティールがうまくいかなかったところに活かせばいいんだ、みたいなのに気づいたり。
森谷:気づくことあります。だからそこで気づいたことをいつものものにも反映させたらいいなと思うし、それってなんか単純にガラスの全部のことというか、質感が~とかそういうんじゃなくてもっと全般的ないろんなことに関係してくるから。これがすごいしんどかったけど、これをもっとこうしたらスッキリいくな、みたいなのに気づく。作り方自体の改善だったり。
渡邊:ガラスこう動くじゃん、みたいなとか。
森谷:そういうのもあるね。作り方全般に対してもそうだし、だから全部のことだと思うんですけど、もっと自分がやりたいのはこういうことだなっていうことに対してやっぱり一個のことばかりやってると当たり前になっちゃうというか、あんまりそこまで考えないのかもしれないですけど、他のことをやって立ち返るともっと良くできるなっていうのを気づけたりするのかなと思うんですよね。”使う”というのもあるじゃないですか。人がどう思ってくれたとか、この感じが好きなんだとか、全体のことに関わってきますよね。新しいことをやると色々なところから色々なことに気づくから。
渡邊:そうですね。今までちょっと気づかなかったところでのものづくりになるから。
森谷:そういう面で展覧会をするっていうのは自分にとってはとても大事。自分で作ってオンラインショップで売るとかよりかは自分との間に入ってもらっていろんな人に見てもらうっていうのは。渡邊さん、展覧会の説明みたいなのをちょっと前されてたと思うんですけど。展示して『覧』は見る、みたいな。
渡邊:ああ、書きました、書きました。
(展覧会の『展』は展べる(のべる)とも読み、広げる、並べるという意味で、『覧』は広い視野で見る、高いところから見渡す、敬って見るという意味がある。3/13のInstagramの投稿より)
森谷:僕ちょっと前に展示会って言葉を使うようになってて、なんか展覧会って言葉が大げさだなと思って。恥ずかしかったのか分かんないけど、展示会って言うようになったんですよ、いつからか。ちょっと自分を下げるというか、そういう気持ちになっちゃうんですよね、きっと。私ごときがみたいな(笑)。だから「展示します」ってよく言ってたんですけど、渡邊さんのその展覧会の説明が、ちょっとうろ覚えだけど『展示して見てもらう会』っていう意味だよっていうのを読んで。見てもらうことはすごく大事だから。展示するだけじゃなくて見てもらうことがすごく自分にとって大事だから、展覧会っていう言葉に最近戻しました。
渡邊:ありがとうございます。広げるっていう意味なんですよね、『展』って。だからね、ただ単に置くとかっていう意味でもあるんですけど、やっぱりいろんな人の心に広げていったりとかもそうですし、自分のものをただ置くってことじゃなくて人との関わりを持つ会なのかなっていう。そういうものでありたいなと思いますしね。
森谷:そうですね、本当にそう思います。まあコロナもあったから在廊とかはちょっと前から、去年ぐらいから行ってるんですけど、そういうのはもらえるものが違う気がして。
渡邊:そうですね。もらえる…返ってくるものが違いますよね。玲朗さんなんてすごいなと思いますけどね。自分で作って直販する、自分でオンラインショップに載せましたという。
森谷:玲朗さんはそうですね。ちゃんとやり取りする時間もあるし、自分のお店もあるから。あれはいいですよね。
渡邊:すごいなって本当に思います。できる人は自分でがんばって工夫しながら続けていけるのかもしれないけど、苦手な人にとっては努力しても本当に難しく感じることだと思う。
森谷:僕も苦手。言葉にするのがまず苦手だから。渡邊さんは伝えるのもすごく上手にしてもらえるし。
渡邊:大丈夫かな…。まあ、自分で作ったものだけでも十分なのに、自分で作ったものに対してまたそれに言葉を添えるってなかなか難しいことですよね。そんな簡単なことじゃないような気がします。
森谷:そのことでちょっとジレンマみたいなものがあって、自分のことをあんまり言わないでものだけ見てほしいみたいな考え方ってあるじゃないですか。僕もそうなりたいんですけど。
渡邊:それはもうずっと言ってますね。
森谷:ものを置いて、それぞれ感じてもらって、「これ良いね」と思ってもらえたらいいなって感じなんですけど。でも自分がものを見てこれいいなって思った時に、やっぱりどんな人が作ってたりとかどういう気持ちなんだみたいなのこととかもちょっと気になっちゃうんですよね(笑)。自分が作る側としては「あんまり言わないで」って言っているのに、買う側になったら色々聞きたくなっちゃうんだなと思って、どっちがいいんだろうと思ってるんですけど。
渡邊:どっちがいいか悪いかでもなさそうな。世界線がちょっと違うというか、ここ(作品)にこもってるから別にもうこれ以上飾る必要はないって思いますよね、多分作っていると。自由に感じてくれたら十分って。一方で見る側では色々とこれはこうかな、これががいいとご覧になってくださるんですけど、どんどん興味が深まったり愛着を覚えると、やっぱりその作品のことや、どう作ったのかをもっと知りたくなっちゃうのは自然なことかなと。
森谷:人(作者)からいくパターンもあるじゃないですか。人として好きになって、その人が作ってるものが使いたいみたいな。ありますよね?
渡邊:そうですね。なんかあの人いいなっていう。
森谷:人が好きになっちゃってもの(作品)も好きになっちゃうっていう。そういうこともあると思うんです。
渡邊:ありますあります。別にものだけじゃなくて音楽とかもあるじゃないですか。すごい魅力的な方だなと思ってその人が作る楽曲聞いたらやっぱりいいなみたいに感じたりとかね。森谷さんも人としての魅力がある方なので。
森谷:いや、ないない、ないよ。
渡邊:いやいやいやいや、ありますよ。展覧会で在廊してる時に森谷さんに会ったお客さんとかね、皆さん最初はイメージで、森谷さんのことをなんかガラス(作家)だから繊細そうだとか、気難しそうと思っていたという人もいます。さっきを食べたお昼のご飯(完全植物由来のヴィーガンフードが人気のお店のテイクアウトランチをご馳走になりました)のお店の方に対してもしかしてちょっと難しいこと考えてるのかなとか、意識高い系なのかなとか思ってしまうという話題が出ましたけど。それと要は同じようなことで、お客様からも「森谷さんのこともアーティストっぽくて話しかけにくい人かなと思っていました」と言われたりします。
森谷:へえー、そうなんですね。
渡邊:たまに言われます。「話しかけたりして大丈夫なのかな、話せるのかなって思って在廊の時に行ったけど、会ってお話したら、思ってたより全然優しい人で話しやすくて、こういう方が作ってるんだと思って、ますます作品が好きになった」って。
森谷:それは良いパターンですね(笑)。
渡邊:そう言ってくれる方のほうが多いですよ!難しいことばっかり考えてるんじゃなくて、もっと身近(な感覚)で考えてくれている作家さんなんだなって言ってる人もいたし。
森谷:そうですね。ないですからね、僕。特別なものなんてないから。
渡邊:皆さん多分、森谷さんがシーチキンのツナを喜んで食べてる話したら喜びますよ(笑)。
森谷:最近食べて一番美味しかった(笑)。
渡邊:面白いですよね、やっぱり。こうやって普通に身近な感覚で喋れるけど、人が見てハッとするような作品を作れるってすごいなって思いますね。
森谷:(そういう作品を)作りたいですね…。
渡邊:森谷さんは昔からそういう風に一つのことを続けていくタイプだったんですか?
森谷:違うと思いますよ。よく飽きっぽいって言われてましたもん、親とかには。
渡邊:習い事みたいなこととかは?塾とか。
森谷:してなかった。塾も行ってないですね。何もしてなかったと思います。
渡邊:習慣的に続けて、ついついそのまま続けてしまったりとかそういうタイプじゃない?
森谷:そうじゃないですね。
渡邊:ガラスに対してはちょっと違うんだね。ガラスを始めた時はこれを仕事にしたいみたいな明確な気持ちで始めたんですか?
森谷:どうだったかな…仕事のことは意識してたと思いますよ。けど、どうだったかな。最初デザインの専攻を取ろうとしてたんですけど、専攻を取った日にやっぱ違うと思ってガラスに変えてもらった。始めた時は仕事がどうとかはなかったと思います。
渡邊:専攻を変えた時は、なんかデザインじゃないなみたいな。感覚?
森谷:やりたいことが違うなっていう。自分で素材に触ってみたかったんだなっていうのがよくわかって。だから図面を引いたりとかじゃないんだなっていう感じ。
渡邊:なるほど、手でいっぱいなにか形を作ってみたいなって。
森谷:その時にガラスだったらその素材を使って使うものも作れるなみたいなのをほのかに思ってたから、どっちの要素もあるよなっていうのは思ってました。デザイン的な要素もあるしアートみたいなこともできるからそこも良かったかもしれないですね。コップを作った時は今までにない変な感じというか。すごい感動したような気がした。ああ、なんか使うもの作れたみたいな。(自分の作ったもので)お茶飲んでるって。
渡邊:そうですよね。これ俺の作ったやつだなっていうふうに実感できるわけですもんね。
森谷:最初はもう全然コップなんて吹けないからきつかったんですけどね。これで本当に何ができるの?みたいな(笑)。何も思い通りにならないんだけどってね。だからコップ作れた時は思いましたね…なんだ?どういう気持ちなんだ、あれは?でもすごく記憶に残ってますよね。ジュンペイちゃん(森谷さんの大学の同級生で、私も面識のある方)にコップを渡して、一緒にお茶飲んでました。それがすごい心に残ってます。
(了)
森谷 和輝(もりや かずき) 略歴
1983 東京都西多摩郡瑞穂町生まれ
2006 明星大学日本文化学部造形芸術学科ガラスコース 卒業
2006 (株)九つ井ガラス工房 勤務
2009 晴耕社ガラス工房 研修生
2011 福井県敦賀市にて制作を始める