読み物
ととのえる その空気、風景、姿勢 ⑤

飯島たまさんを訪ねて
新幹線から眺めた富士の山。
そして飯島たまさんの工房を訪ねると、今度は山梨側から眺めることができた。
富士山をこんな身近に感じて暮らすなんて、京都在住の人間にとってはあまりにも非現実的なロケーションで、何度も感心してしまう。
あたりの空気までもまるっきり違うように思えて、深く深く息をした。
山梨県笛吹市。
10年ぶりに飯島たまさんを訪ねた。
でも10年前に訪ねた当時の工房は甲州勝沼であった。
その後、故郷である笛吹に家を建て、新たに移り住んだ。
そして今、彼女はほぼ毎日富士山を眺めながら、猫と暮らし、コーヒーを愛し、紡ぎ、染め、機を織る。
工房兼住居の「川風の調べと紡ぐ家」。
笛吹市は果樹が特産で、特に彼女が棲む一帯は桃農園が多く、川風の調べと紡ぐ家はピーチラインからちょっと入った場所にあった。
家の前には庭があり冬を物語っていた。
数多ある植物たちは愛玩用のものもあれば、草木染に用いるものもあり、それらはもれなく彼女の手でひとつひとつ世話がなされていた。
白樺、アナベル、クサギ、藍、ムラサキ、日本茜…他多数。
葉は枯れ落ち、未だ眠りについてはいたが、木々はしっかとそこに立ち、草花たちも枯れた姿を残しながら土の中で芽吹く準備をしていることが窺えた。
前庭を通り抜け、玄関扉をくぐると織り機が3台もあり、それはそれは大迫力な絵を見るかのようですっかり圧倒された。
ところ狭しと籠や布や糸があり、古いミシンに味わいのあるチェストや家具が合間を縫うように収められていた。
中でもアンティークのインダストリアルなアームライトが大きな存在感を放つ。
部屋の奥は土間で薪ストーブの辺りには、藍甕(正確に言うとステンレスの寸胴鍋)があった。
ふたを開け、中を見せてもらった。
息を詰めて見つめると、発酵の進んだ藍が生きていた。
ぷつりぷつりと泡立つ様子は、時折なんらかの言の葉を呟くかのようでもあり、藍という植物から分けてもらった生命の色がここに在ると目の前の事実が物語っていた。
その途端、不思議な愛おしさがむくむくと湧いた。
わずか5時間ほどの滞在だったけれど、ようやく訪れることができた二代目の彼女の工房での時間は何物にも代えがたいものだった。
外はよく晴れていて、工房内には明るい光が差していた。
灯りをつけずとも自然光で十分なほど。
彼女が染めた草木の色を吸い込んだ糸を見せてもらいながら、たくさんの話をした。
取材途中、いったん小休止し昼食に出かけた。
近所の店がお休みで、少し離れるけどと連れて行ってもらったのは、以前からよく話に聞いていたカレーライス専門店だった。
味は抜群だけど店主さんがかなりの不愛想だからとたまさんは仕切りに気を揉んでいたが、席についてみると予想していたより酷いものではなく(いささか素っ気ないか、ぐらいの)、何事もなく平和に、おいしいカレーライスをたっぷりと平らげた。
帰りの車内でたまさんが
「久しぶりに来たらだいぶ普通程度の愛想になってて、逆になんでだろうと気になっちゃった」
と目を丸くし、笑い合った。
再び工房に戻ると、窓から差し込む日の光はゆっくりと傾き始めていて、織り機にかかっていた布の影は濃くなり、違う表情を見せ始めていた。
最後にと、織り機の前に腰かけ少しだけ機を織ってくれた。
しばらくの間、準備をしながらも話をする。
それが整った次の瞬間には、なめらかにそして楽し気に機は動き出した。
織ることはご褒美でしかない、と彼女は織りながらそう口にした。
小気味よく刻む音とリズムはまるで楽器のようで、彼女の内面から迸る感覚そのものだ。
たくさんのものを見せてもらった中で、ハマナス(浜茄子)染めが気になった。
ハマナス染めは今まで彼女の草木染めにはなく、新たに加わったものだ。
海岸の砂地に絨毯のように広がりながら明るい濃いピンクの花を咲かせるハマナス。
染めには、その根を掘り出して使うという。
きっかけは数年前に彼女が旅をしたフィンランドだという。
そこで見たハマナスの花の鮮やかさと、北欧の空の色の取り合わせが心に強く残っていたという。
庭に植えるとそれそれはいささか元気過ぎるくらいに育っていった。
後に人から
「日本でハマナスは昔から自生している」
と聞き、更に調べてみると秋田県で江戸時代に発祥した秋田八丈(または秋田黄八丈とも)という現在では存続の危機に瀕している織物が浮かんできた。
染めに使う草木染めの中心となっているのが、秋田県内の海岸地域に自生するハマナスで染めた鳶色(それに加え、カリヤスやレンゲツツジの若葉を用いた黄色系統、黒色の3色を基調とする)。
ハマナス染めをするにあたり、秋田の行政から秋田八丈の草木染等に関する江戸から昭和初期までの沿革史を取り寄せることができたそうで、彼女は歴史にならいながら染めに取り組んだという。
学ぶことをおろそかにせず、先人からの継承を尊ぶ。
こういうところが実に飯島たまらしい。
そこから生まれた、淡く漂う中にも深く染み入るような紫がうつくしい彼女の手掛けたハマナス染め。
この機会をぜひ見逃さないでいてほしい。
飯島 たま【いいじま たま】略歴
山梨県に生まれる
2000年から2004年 イギリスや国内を旅し大学へ編入したりするなか糸を紡いで布を織るところを訪ね歩く
2006年から2018年 早稲田大学オープンカレッジ植物染めの講座を受け持つ
2014年 フィンランドの演奏家と共演
2019年/2022年 日本民藝館展 準入選
2024年 日本民藝館展 葛暖簾 入選