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金城貴史 匙ごころ ①

金城貴史さん インタビュー|ちょうどよく居心地よく、から紡がれるもの

金城貴史さん インタビュー|ちょうどよく居心地よく、から紡がれるもの


木の食具を作る作家 金城貴史さんとは知り合ってから20年近く経ちます。何度も顔を合わせながら、今回初めて百
職で展覧会させて頂けることになりました。工房へ伺うのも今回が初。
出会った頃の金城さんはまだ独身で、現在の奥さまとなるパートナーとともに、各々で木の匙を制作しながらお二人でクラフトイベントなどにも出展されていました。その後お二人は
ご結婚、お子さんが誕生し三人家族に。
奈良から岐阜の中津川へ工房を移されたのは2016年ということで、10年目の時をこの地で過ごされています。
心待ちにしていた取材日。金城さんの奥さまとも再会でき、手作りのお昼ごはんをご馳走になり(料理に添えられたカトラリーはもちろん金城さん作のもの)、仕事場へとご案内頂きました。ご家族と暮らす母屋があり、材料置場の一棟、そして作業場としている一棟が同じ敷地内に並んでいます。制作環境も今ではかなり整ったといいます。仕事場には制作のイメージソースとされている古い匙類、図録や美術本があり、木工機械、刃物の研ぎ場に囲まれた大きな作業机の上には彫刻刀や刃物類が並んでいました。匙制作の一部を丁寧な解説付きで間近で拝見できるという時間はあまりにも興奮が過ぎて、胸が高鳴りっぱなしに。
そして今回の展覧会にあたり、普段の制作のことから今の代表作とも言える大匙への思い、現在の住環境についてなど、長時間に渡りお話もお聞かせ頂きました。今回はお話の一部を抜粋しインタビューとしてまとめました。




続けていられることは当たり前じゃない

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───刃物のお手入れっていうのは定期的なペースでするんですか?それとも刃物の状態を見てですか?

金城:研ぐのはもう切れなくなったらとか、欠けちゃったから研ごうとかという感じですね。やっぱり固い木を削っていれば早く切れなくなっちゃう。仕上げの刃物は研ぐスパンは短いです。荒削り、荒加工用の刃物は割と切れなくなるまで使えますけど、仕上げ用のものはちょっと切れなくなったなと思ったら研ぎます。

───さっきはお子さんの名前入りの南京鉋がありましたね。

金城:ありましたね。これか。これはね、僕より若い人で、最近こういう南京鉋を作って売ってる人がいて。基本は木工家なんですけど、刃物の加工とかもできるそうで。この刃物はいわゆる日本の打ち刃物、職人が手で打った刃物ではないんです。工業鋼っていう工業用に作られた鋼で、それを成形してこういう刃の形にして南京鉋にしてたりするんですけど、その子から買った時にレーザーで名前も入れられますよ言ってくださって。たまたま子供が生まれた年だったので入れてみるかと。そういう感じで、割と若くて、今までいないような観点から道具部門を支えようとしてくれてくるような子たちとの出会いもあります。

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───嬉しい、未来が明るくなるニューウエーブですね。そういった道具類などのハード面でも新しいアプローチなり歴史が作られるのは、物づくり全体にとっても非常に心強い。

金城:そうですね。僕はなんとなくこういう仕事を始めて、なんとなく漠然と食えるように少しなってきて…というような感じでやれてるんですね。ただ…最近、例えば有名なお店が閉店するとかそういう話も聞こえてきて。この時代の中で僕はなんとなく続けて来られているけども、実は結構貴重なタイミングで、だからこそこういう仕事をやることができているんじゃないだろうかっていう。そして、それがいつまでできるのかなっていうようことを考えることがあります。それは何も不安というものではなく、だからこそ今いいものを作る面白みがあるというか。今しかできないという感覚。クラフトって他の国から見ても日本はものすごく盛んだと思うんです。木工とか陶器とかに関わらず。それで、もしかすると将来的に、この時代のこの日本でクラフト文化がものすごく濃く、熱くあったみたいな感じの昔話にいつかなるんじゃないかと。だからこそ今すっげーいいもの作って置いといたら、この時代やばかったねと、そういう感じに残ってほしいなって思う。だからとにかく続けていられることは当たり前じゃないと思いながら。今できる限りのことをやりたい思うようになっています。

───なるほど、やばいもの。やばいものといえば一見して大匙はものすごく突き抜けた感じの造形作品でちょっと他にない感じ。これは未来の人も驚いてくれるかもしれないし、現在進行形の作家としての金城さんの代表作と言ってもいいのではないかと思っています。

金城:大匙。

───はい。存在感があります。一方でその大匙の存在の土台にあるのは、日常の食事用のお匙という堅実で確かな技の冴えが欠かせない職人的な仕事でもあるし、どっちも残っていきそうなやばいものかもしれない。

金城:なんかその、やっぱり感覚的には全然違うんです。大匙と食事用の匙を作る頭の動き方というか。大匙を作っている時と定番の食事用の匙を作っている時では、言うなればノリが違うんです。大匙ばっかりずっと1~2週間、3週間も作っているとアドレナリンが出るというのも言い過ぎなのかもしれないんですけど、ちょっと興奮しているような、次は何にする?何にしよう?っていう感じで。定番のものを作っているときはどっちかというとシューッと淡々と沈んでいくような。とにかくノリは違っていて。で、大匙作っているとシューッという作業がやりたくなるし、定番の匙ばかり削って細かいところを狙っていくようなことをやってると、ザクッとした大匙をまたやりたいなっていう。結構そういう意味ですごくいい感じのバランスは、大匙作り出してから生まれていて、お互いの制作にフィードバックがすごくあります。

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───近年はこの2つの関係性が支え合っているように見えますね。大匙たちは何かこうグルーブ感を感じます。いつの間にか大匙は名前の通り大きな存在の作品となってきていますね。最初は「時々制作されてはるな」と気になっていたんです。

金城:そうですね、そのくらいの感じでした。でも考えてみたらいろんな形のティースプーンなどを作ってたのが一番最初だったんです。だから元々その気があったというか。変わった面白いものを作りたいなというのがあったんですけど。スプーン一本で食べていこうと思った時に、普通の使いやすいスプーンがまず核にないとちょっとおかしいでしょと思ったからそっちにずっと集中してたというところがあったので、その流れの中でその点が少しはひと段落した、だからこういう風になったのか。分からないですけど何となく原点に戻っている感は少しあったり。

───感覚のどこかで求めていたものが、はっきりとした像を結んで掴むことができ始めているのでしょうか。一度百職の企画展に参加して頂いた時の在廊時に、「この展示の後に大匙だけの展示をお願いします、と言われてるんです」という風におっしゃってた時があったのですが、その展覧会でいっぱい作ったのかな。

金城:そうそう。でもあれは結局大匙だけじゃなかった。

───そうだったんですね。

金城:大匙がメインという感じで、宙に浮くような感じで大匙をわーっと壁一面に展示してもらって。空間的にはすごく面白かった。自分自身がまだ大匙にそんなに慣れてないところもあったんで、こっぱずかしい感じがあったんですよね。わーっと並んでるの見て、今よりこっぱずかしかった感じ。大匙作るようになってからは結構これが目立つし目を引くので、展示の時とかもパッとやったらお客さんも目が引かれたりとか目立つような展示の仕方をしてくださるお店もあって。特に最初の大阪でのやつはすごい恥ずかしい感じがありました。

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───今はまた少しずつ大匙や定番の匙などに新しい感覚を覚えたりしますか?

金城:そうですね、大匙もやっぱり自分の中ではどんどん良くなってきてる感じがあるので、自由に作って、いいも悪いもないんじゃないかって気もするんですけど、質が変わってきてる感覚を自分では持ててるので。だからまだ続けられる感じがあるというか。同じことでも前より良くなってきたなぁと自分に対して思えています。

───成長を感じられる瞬間があるって得難いですね。大匙と食事用匙は補完関係なのかな。大匙はとにかくどれも伸び伸びしてるように感じます。大雑把という意味じゃないですよ。作家の中ではある程度の緻密さを持って作っているんだろうなとは思いますし、見る側の立場としていうならすごくどれも伸び伸びしてて、どれにも良さや見どころがあるから、楽しさを見出してもらえそうな感があります。

金城:楽しいなと思ってもらったら一番いいね。

───純粋に「どれが好きだろう」と、すごく向き合いやすいお匙…そういう作品群やなって思います。そして根幹にあるのは、毎日の暮らしで心底使いやすい定番の食事匙の存在。我が家では常に金城さんの匙類を使っています。本当に使いやすいから手が伸びる。刃物のみで仕上げた楓のなめらかな質感。これを知ってしまうと、ちょっと他の素材であったり、サンドペーパー仕上げの匙では口当たりにザラザラしたものを感じるようになってしまって。金城さんの食事用の匙類には中毒性があります。

金城:自分で使ってるともうわかんないんです。そういうのは言って頂かないとわからない。嬉しいです。

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住環境の良さ

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───改めてですが初めてお会いしてからお互いずいぶん歳月が経つわけですけれど、以前は気にならなかったことで、今は気をつけるようになったことがあれば教えてもらえますか?仕事のことでも、日々の生活の中でもどちらでも構いません。

金城:最近気をつけ出したっていうのは身体です。健康とか。今年齢44ですけど、去年あたりから病院に行く回数がちょっと増えたりとか。今までそんな病院に行くことすらあまりなかったんです。でもちょっとしたことで眼科行ったり皮膚科行ったりとかそんなのが出てきたんです。

───なるほど、そこは気をつけたいですよね。長く続ける土台、基礎ですしね。

金城:やっぱりね、どうしてもずっと制作しているので、作っている最中の姿勢が良くない。身体のためにといってこの辺をちょっと散歩で歩くとめちゃくちゃ目立つんです、田舎って。ちょっと徘徊してる人がいるぞって。だから気軽にしづらくて。筋トレだったりとかラジオ体操とかは毎日やってるんですけど。作家らしくもっと仕事や制作面の気をつけたいことを言うべきなんでしょうけれどすみません。

───いえいえ。健康維持は仕事にも通じることで。木工やってる人だと目は大事にしたいとおっしゃる人もいます。ただ目だけじゃなくて心身ともに健康でありたいのがお互い気になる年齢になってきましたね。さきほどこのお住まい周辺のことにも触れられましたが、奈良から中津川に10年近く前に移住されましたよね。引っ越してきてよかったことはもちろんたくさんあると思うんですけど、まず一つ挙げるんだったら何ですか?

金城:住環境ですかね。アパートじゃない一軒家。仕事も暮らしも全部ここにある。

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───住まいの敷地内に工房があるという距離感もすごくいいですよね。住居とつながっているわけではなく、ドアツードアですぐ行き来できるところが羨ましい。以前にも、ここに引っ越してきた時にどうやって探したんですかと確かお聞きしたと思うんですけど、もう一度教えて頂けますか。

金城:前は奈良に住んでいたんです。奈良でも一軒家を借りていて一つの部屋を工房みたいな感じにしてやってました。今も機械はそんなにたくさんないんですけど、今ある機械も奈良の頃は持ってなかったし、大きな加工は借りに行ってやっていたりしたんですよ。ただやっぱり自分のところにあった方がやりやすい。ということで新しい場を探し出しました。以前は奈良市内の街中に住んでいました。だから次というと奈良の外れや田舎のほう、岡山とかも行ったかな。関西周辺でいいところがあればという感じで探してたんですけど、たまたま妻がインターネットでこの物件見つけたんだったかな。木工を学んだ職業訓練校が木曽にあるので、岐阜は隣近所みたいな感じでなじみがあって。何度か買い物とかも来たことあったかな。一回ご飯食べにも来たかな。なじみがあるといえばあったので、見に行ってみようって来て。見学に来て、良かったのが、さっき言ったように 住環境というか、この住まいの設備の感じ。三棟あって、母屋も普通のシンプルな平屋。昭和の、可もなく不可もなくみたいな。そのままで生活と仕事が回っていく感じがすぐ想像できたんです。特にこの地域に知縁とかはなかったんですが、ここで暮らしましょうとなりました。この家を見学しに来たとき、この辺の他の空き家も何軒か見たんです。もっと古民家っぽい感じもあった。でもなんか僕たちのイメージには、一番ここが合ったという感覚があったんです。

───住居自体は特に手を入れず、工房はある程度使えるように手を入れてらっしゃいますけど、住まいは特に何かこう…

金城:何も入れてないです。

───そういうことをたくさんやろうとすると楽しい反面、手間は増えますし、何を採るかですね。

金城:あともう一つ加えて言うなら、奈良から中津川に引っ越す、少し前ぐらいに、僕結構林業に興味が向いていたんです。林業施設でバイトのような感じで働いたりしていたこともありましたし、そういう多少山に関われるような仕事が近くにあったんですよ。それで、その点もいいなと思って。今はもう手伝いに行くことはないんですが、中津川に来て3,4年ぐらい、冬のシーズンや林業のシーズンだけ週1,2とかで山に入って伐採みたいなことをさせてもらっていました。その時覚えた、例えばチェーンソーで木を切るとかそういうことは今でも普通に庭でやったりはするので行ってよかったなと思うし、もしかしたらまた行き出すタイミングがあるかもしれない。

───いろんなかたちでの財産が溜まってきて、今後も育まれそうですね。

金城:そうですね。本当に田舎暮らしって感じになるんですが、この感じは心地よかったりはしますね。草刈りとかも好きです。

───奈良の街中に住んでいた時からするとだいぶ変わるのでは。時間の使い方も。人によっては田舎暮らしを始めることで家やインテリアにもこだわりたいという方もいらっしゃいます。金城さんにとっては、ほどよく古い今のこの環境での暮らし方や、適度な付き合い方が合っていたのでしょうか。

金城:そうですね。僕らの場合は何かインテリアや古民家暮らしにこだわるのではなく、そういう意味ではだいぶ楽に暮らしています。庭の手入れぐらい。庭の手入れはしないと大変なことになるんで。リフォームが必要な家など、その辺は自分は意識的に避けたかな。やりたい人はしっかりリフォームするとか、自分たちで手を入れて家を育てていくというような楽しみ方も確かにあるだろうとは思う。

───そうですね。

城:僕らの場合はそういう感じではなかったんですよね。自分たちのちょうどいい具合がうまくマッチングできたっていう、今のこの住まい、住環境なのかな。それもあるから居心地をよく感じるのかも。仕事に直結しているかどうかまではわからないけれど、無理せずとも安心して過ごせるこの環境がいいなと思ってます。

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(了)


金城貴史さんはどんな作り手でいらっしゃるのか。

ご紹介のため、以前の記事を再掲しました。
展覧会をより深く楽しみたい方は、ぜひこの機会にご覧ください。

2021年3月企画展「ふつうの 少し先の 風景」
一問一答|“僕の製作は、木の塊から匙を削りだす作業”  https://tenonaru100.net/photo/album/1019726
作品紹介 金城貴史さん https://tenonaru100.net/photo/album/1020550

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金城 貴史(きんじょう たかし)略歴

1981 兵庫県西宮市生まれ
2010 長野県上松技術専門校木工科修了
2011 奈良県にて匙の製作を始める
2016 岐阜県中津川市に移住
2021 現在同地にて制作

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