読み物
渡邊文矢 つながり/循環 ③
渡邊文矢さん インタビュー|自分自身であること、世界とつながること 《後篇》
井波彫刻の訓練校に進んで以降、富山で暮らしていた渡邊文矢さんが、ご結婚されて岐阜の一件家に移り住んだことはずっと前に年賀状を頂いて知っていたが、訪ねたのは今回が初めてだった。
ご夫婦と犬のもなちゃん、猫のむぎくん、この日は会えなかった黒猫ちゃん(お名前はまだ知らず)での暮らし。京町家とは比べ物にならないほどの間口の広い大きな古民家を、渡邊さんと奥さまのさゆみさんが協力しながら今もところどころリノベーションしているという。広々していて、随所にお二人の創意工夫が感じられ、風通しの良さ、空気の良さが印象的だった。
取材当日は大寒波で雪だったがよく日が差す明るい居間に通され、渡邊文矢さんと奥さまにお話を伺った。
これまでの展覧会でのお話や、制作の基にもなっているイラストを見せて頂いたり、奥さまの影響で始めて今では習慣になっているという絵日記のお話。そしてこの岐阜に引っ越してきてから新しく始まったことやこれまでとは変化した部分を尋ねてみたところ、日本に古くからある禅思想や民間信仰と自身の制作姿勢との関わりについて考えるようになったという、興味深い話題が出てきた。
(追記 *つい最近、新たに三匹目の猫が家族に加わったとのことでした)
何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事
渡邊:あとは岐阜に移ってきてから、ちゃんと(彫刻が)仕事として成り立ってきたかなと。
奥さま:やっていること自体はあまり変わってないね。あと…岐阜に来てからご近所さんもそうですし、外と少しずつ関わるようになったのは大きい気がします。井波では親方のおかみさん伝いで地域のことに関わっていたので。
──弟子でいる間は渡邊さん自身が積極的に外と頻繁に関わらなくても成立していたと。
渡邊:確かにそうですね。ご近所づきあいはおかみさんがやるような形だったので。ほかには犬と猫が増えたかな。猫はもともと1匹いたけど、犬が来たから。また猫も増えて。畑やったりね。


──変わってない部分もあるけど、変化も訪れましたね。新しいものが追加されて。家族が増えるとその分生活リズムも変わりますね。
渡邊:生活が変わりますね。井波にいる時に結婚したけど…
奥さま:結婚して、次の年にはもうこっちに引っ越してきたね。
渡邊:ほとんどここの家で何かが始まっている。移住してきたこと、それが一番の変化かな。それで色々生活が変わったと思います。
奥さま:あと宗教について興味が出てきたのはあれなんじゃない?禅の本を読み始めたことで変わったのかも。
渡邊:ああ、そうそうそう、そうだね、これだ〈禅と日本文化〉(鈴木大拙 著/北川桃雄 訳 *渡邊文矢さんのものは岩波新書版)。これは禅を世界に紹介した鈴木大拙さんの本で、講演をしたのをまとめたものなんです。すごくわかりやすくて。なんか自分がもともと絵を描くときに、何も考えないで絵を描くことや、彫るときもあまり考えないで彫るっていうのをすごく大事にしていて。考えてやっちゃうとやっぱり意図的になっちゃって一方向にしか行かないというか、広がりが持てなくなっちゃうんですね。これは自分独自で勝手にやってるのかと思っていたら、昔から禅というものが日本にはあって、それがそういう風に感覚でやるものだというのがとても分かりやすく書いてあって。茶道だとか俳句だとか、そういったものは禅の思想が基なんですよっていうのがあって。
──(ページをめくり、序文を少し読んで)確かに。禅の入門書というか、語句も平易だし文章もわかりやすいです。
渡邊:ね。分かりやすくてこれだと思ったんですよ。あ、でもこれ話しても大丈夫かな、宗教家だと誤解されるかな?
───大丈夫かと。伝統文化の理解だったり民俗学的な視点から禅の思想に興味があるということでお話されていると思うので。
渡邊:そうです。禅の思想についてずっと興味があるんです。まあそれで、これを読んで禅は何宗なのかとかも初めて知ったり。この人が言う禅は臨済宗なのかな。でも曹洞宗の方がもう少し日本の農村や山間部で広がっていった禅で、曹洞宗の教えっていうのは結構民族信仰との親和性が高かったんじゃないのかなっていうのが最近分かってきて。だから広がったのかな。曹洞宗が広がっていた地域はたまたま自分の好きなところだったんです。長野県の松本だとかあそこら辺も割と曹洞宗が強かった。岩手の盛岡とかも。教えも道理が通っているように感じます。座禅を組んで何かをするのが目的じゃなく、座禅を組んでいること自体が目的なんだと。何かを作るのが目的じゃなく作っている行為そのものが大事なんだって自分もずっと思ってやっていたので、ああ、もしかしてそういうところから来てるのかなとか。っていうのをちょっと考え始めたきっかけがこの本ですね。

──自分のことを読み解くもの、紐解くもの。手がかりみたいなものが見つかるって有難いし、改めて知るのは興味深いですね。
渡邊:そう。何も知らなくても作れるけど、なんかちょっと思い悩んだ時とかに自分は何やってたんだっけっていうのが分かんなくなっちゃう時ってたまにあるんですけど。そういう時にやっぱりこういうものがあると、ああ、これをやってたんだって。
──立ち返ることができる。客観的に見ることができるかもしれませんね。
渡邊:そうですね、客観的に見える。
──それが渡邊さんにとっては、この〈禅と日本文化〉という本であったんですね。
奥さま:以前会社勤めをしている時に社員旅行で京都に行って座禅を組んだんです。建仁寺だったかな。そこで朝、みんなで座禅を組んだ時間がすごくよくて。それでまたそのお坊さんが話をしてくれた内容がふだん渡邊が言ってることに近いような気がして。渡邊は渡邊で当時ちょっと悩んでたんだよね、作品作りで。それできっかけになればと「座禅良かったから行ってみない」って誘ったら「俺は行かない」って。
渡邊:うん、まだその時はね、宗教に対する抵抗感があって。そこでは「座禅?いやあ、別にそれなら家でやったらいいじゃん」なんて答えて。
奥さま:その後、少し経ってYouTubeか何かで禅の考えに触れて、出会ったのかな?
渡邊:そうだね、彼女から座禅のことも聞いてたし、なんとなくやっぱり気になって調べてみたら、なんか…ね。
──座禅や禅のこと誤解してたかもと気がついた?
渡邊:そうそう。あれっ、なんか近いぞ自分にって。それでこの本を見つけて読んでみたらもうびっくりしちゃって。ああ、これをやってたんだって。そこを今掘り下げてる段階です。
──面白いですね。いくつかのきっかけみたいなものが同じような時期に発生して、アプローチがあるっていうのも何かの巡りあわせなのか、必然なのか。
渡邊:そうなんですよね。彼女はなんでも始めるから。僕も影響されて付け始めた日記もそう。彼女はすぐに一回ハマる。ガーっていくから。
奥さま:でもすぐ飽きるんですよ笑
渡邊:それがまた面白いんです。
──その分、いろいろなことを怖がらず広く踏み出せるとも言える。
奥さま:そう捉えようとしています笑
渡邊:すぐ飽きても、まあモノにするんで。つながっていくから見ていて面白いなと。
──素晴らしい。
渡邊:こっちとしては新鮮な風を送ってくれる感じです。
──新しいトピックが生まれ、きっかけをもたらしてくれて、それを受け取るという関係性。いいじゃないですか。
渡邊:僕は一人じゃ本当に何一つやらないんで。発展をしない人なんで。一つのことをやるのは得意ですけど。あまり新しいことはやろうとは思わないタイプで。
──今回のように最初は知らなくて尻込みしたことも、きっかけさえあればふと足を踏み入れることはできるのが渡邊さんなんですね。一途さや頑固さというのは自分で得た経験や意思をより大事にされたいからでしょうし。一方でやってみて「これはいいかも」と実感できたものなら、すんなり受け入れられる素直さもお持ちなのではないでしょうか。
渡邊:そうですね、いいと分かると早いかも。まあそれで本は一昨年ぐらいに見つけて。4回ぐらい読んだかな。禅についての他の本も買ってみたけどあんまりよく分かんなくて。ちょっと難し過ぎちゃって。これは講演したものを欧米の方向けにまとめて、それをまた日本語に翻訳してるんです。だからすごく分かりやすくて。講演当時の内容に忠実どうかは定かではないけど、禅を知らない海外の方でもわかりやすいように砕いて話して、その上で本にする際にも単純化してるとは思うんですけどそれが僕にもわかりやすかった。
──鈴木大拙さんの言いたかった純粋な部分は抽出されていそうですね。
渡邊:はい。生活の中で必要な部分だけ分かればいい。
──この本に出会えたことにも大きな意味があったわけですね。
渡邊:そうですね、すごく大きかったと思う。自分一人がやってたことじゃなくて、これは結構昔からオーソドックスなやり方なんだっていうのが少しずつ分かってきて。松尾芭蕉も同じことしてたんだ、みたいな。感覚的な部分でやってたんだって思うと、なんか心強いですよね。変なことをやってるんじゃないんだと。
──そうですね。芭蕉が同志だと心強い。先人たちが自分の背中を押してくれている気持ちになれますね。
渡邊:それまで自分は職人仕事の技術の方は学んできたけど、美大とか芸大出てるわけではないので。聞いたような話でしかイメージがないんです、美術作品を制作していくセオリーやプロセスは。美術彫刻はしっかりとデッサンをしてその中で哲学的な何かを学んできてそれを取り込んで社会的に意義のあるものを作るんだっていう、僕の中にはすごく硬いイメージがあったんです。当時の日本に伝わってきた西洋美術的なものがそのままイメージであるだけで。すべてのやり方がそれだけではないはずなんですけど。でもこれを読んでから日本的な芸術っていうのは自分が今やっている方法で、これでいいのかなっていうのは思って、むしろこれをやっていった方が、僕らしいものになるんじゃないかなとちょっと心強くなりましたね。
──自分を肯定していくところっていうのは大事な部分ですね。
渡邊:そうですね。
──人種や言語は違っても、自国から出て展覧会をやって、見に来てくださった異文化の方々がまた次も来たいなとか、もっと見てみたいよっていう風に感じてもらえるっていうのは、作家自身のアイデンティティであったり日本的な部分っていうのを知って深めていくことで、制作や作中にも生きていくのだろうなと思います。よかったです、この本のお話をお聞き出来て。
渡邊:本当に。すっかりと自分のものにしてしまった気になって忘れそうになっていました。また読み返してみよう。
──それほど自分の中にすでに馴染んでいるってことですね。
渡邊:いやあ、もうね、偉そうに禅の考えを、まるで自分が発見したみたいになりそうだった笑
(了)
渡邊 文矢(わたなべ ふみや)略歴
現在、岐阜県在住
1985 東京都町田市生まれ 神奈川・岩手にて小中高を過ごす
2005 京都伝統工芸大学校 木彫刻科 卒業
2007 井波彫刻伝統工芸師 井口琇月氏に師事 職人仕事の合間に自分の作品を作り始める
2011 年期明け 独立
2020 Vima House維摩舎|中島GLAb(台湾) 個展
2022 san galerie|中島GLAb(台湾) 個展
2023 小器藝廊+g (台湾) 個展、ギャラリー上がり屋敷(東京) 個展、cut&paste select shop|中島GLAb(台湾) 個展
2024 Hase (名古屋) 個展、msb gallery (東京) 個展
2025 Ippuku林森40|中島GLAb(台湾)個展「HOME」、Galerie Satellite|ギャラリー上がり屋敷(パリ) 個展
