読み物
Fail better,Wonderful happens. ⑤


はしもとさちえさんの銀彩のボウル。
個展用に制作したものの手元に戻ってきたという。
それでも、
はしもとさんの象徴とも言える「彫り」は、このボウルにはない。
姿は優雅な曲線を描き、肌はすべて銀彩をまとっている。
彼女が長い間尊敬してきた作家へのオマージュも寄せられている。
古き佳きものを写すことで、
銀彩の金属的でクールな色合いと、




森谷和輝|ロート

グラスを作るつもりが溶けすぎてできた形だそう。
ロートとして使えて、
背景に溶けてしまいそうなくらい透き通っている部分と、
実験器具として作られている耐熱ガラス製の漏斗とは異なる趣。
何かに似ていると眺めていると、はたと思い当たった。
Fail better,Wonderful happens. ④


su-nao home|リム深皿rm-4
su-nao homeの松本圭嗣さんから届いた今回のリム深皿rm-4。
規格内と規格外について、作り手は各々の物差しを心と目に携えて
このリム皿たちはいつもよりも釉薬を厚くかけてしまったことで、
それでも焼き上がりに美しく感じる部分が多く、工房の隅に数年間
su-nao homeさんの〈黒の器〉は常に凪いでいる夜の水面のよう。
その黒が、この時は風に吹かれざわりとさざめいた。
黒はより黒く深みを増した。
目を凝らすとリム皿の釉肌はいつもよりも饒舌で、豊かで芳醇な階
高木剛|カイラギ茶碗
カイラギとは漢字では梅華皮と書いたり梅花皮とも書いたりする。
ものの本によると
「 梅花皮はインド洋などに生息する特殊なエイの皮に漆を塗って研ぎ
とある。
こちらではそろそろ梅の見頃も終盤。
花を眺めながら高木さんの茶碗のことを思い出していた。
茶碗をお蔵入りさせていた理由は〈釉景不足〉ということだった。
高木さんが求めていたよりも淡味ということなのかもしれない。
一方で淡い味わいを好む人もいる。
お茶を味わう時間を経るごとに、




とりもと硝子店さん|大鉢

ポンテ跡がきつく泡の模様にも思うところあって眠らせていたということだった。
大きく、素材の存在感が際立つ。
とりもと硝子店さんが作る透明なガラス。
澄み切っている、悠然と。
光と水をたっぷりと備えて。
静かでありながら、確かなエネルギーを発している。
無数の小さな泡粒は、
仕上がりに思うところがあっても、




Fail better,Wonderful happens. ③


境知子|刷毛ピッチャー
掠れたようになった表面。
境知子さんの刷毛ピッチャー。
焼成温度が高過ぎたせいか、表面に塗った化粧土が飛んでいたり焦
知子さんが形づくるものはいつも独特の〈まるみ〉〈ふくよかさ〉
生きている動植物の輪郭のそれに似ている。
ピッチャーを背面から見る。
掠れは鳥の毛羽立ちを思わせ、何かの生物のまるい背中がそこにあ
境道一|ミモザ釉蓋物
炎の力は大きい。
私たちが想像している以上に。
境道一さんのミモザ釉蓋物。
平らかに作ったはずの蓋は、焼成時の炎の熱によって水分を奪われ
一方で釉薬は炎によって化学反応し、美しい色を生み、表情を作り
わずかにいびつな蓋は、炎の力の大きさと無限の魅力を伝える痕跡
うっすらとだが開いている蓋の口からは、火の国の見知らぬ音楽が
もしくは人には解することのできない火の言葉が耳を澄ますと聴こ
須原健夫|真鍮皿
朽ちてもなお消えず、新たな姿を獲得し続ける。
須原健夫さんの真鍮皿。
玄妙なる経年変化を発しながらも、この緑青が周りを汚すかもしれ
緑青(ろくしょう)はいわゆる錆の一種。
発生しそのままにしておくと徐々に広がり続ける。
真新しい明るい金色の光がゆっくりと鈍く沈み緑青を帯びるという
その時間ごと手のひらに乗せる。
こぼれ出す緑青に侵食されながら、尽きることなく美しく変貌を遂
Fail better,Wonderful happens. ②


井上茂|青白磁鎬碗
昔の作品。
薪窯焼成の青白磁鎬碗。
割れあり、降灰あり。
透き通る青白磁。
ゆったりふっくらした碗型に、入れられた鎬ののびやかさは明朗な
薪を贅沢に使っていた頃の作品は、井上茂さんのもとでずっと眠っ
今はもう、こんな風に焼くことはないという。
小野陽介|赤灰釉ピッチャー
小野陽介さんの赤灰釉ピッチャー。
釉調や高台の始末に思うところがあって、手元に残していたそう。
裏返すと未完の高台には粗削りな迫力が。
流れすぎたという釉薬も夕闇のような景色が広がり、釉肌はしっと
作者の想定通りにいかなかった物。
思惑とは異なる美しさ。
近藤康弘|ボーンホルム島原土スリップ模様皿
近藤康弘さんの大きめのグレーの長方皿。
ボーンホルム島原土スリップ模様皿。
静かな存在感に満ちている。
5年ほど前にデンマークのボーンホルムに滞在した際の作品。
土中の含有物が焼成時に爆ぜて釉が剥がれたものの、気に入ってず
陶土や釉薬などの材料をすべて現地のボーンホルムで調達し、現地
その土地に滞在して呼吸し、その土地で採った原料があって作るこ
Fail better,Wonderful happens. ①


【私たちは物の中に何を見て、どう価値を見出し、寄り添い、共感し、選び取るのだろう?】
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画「星月夜」。
当時ゴッホ自身は、これは抽象絵画の失敗作と周囲に告げ、売りに出すことなく自分の手元に置いたままにしていたそうです。
しかし歳月を経て日の目を浴び、深い精神性や星降る青の夜空の自然美は広く愛されるものとなっています。
これまで訪れた作家たちの工房でも、世に出されないままの品々を幾度も目にしてきました。
そこには完品とはまた違った不思議な存在感や魅力がありました。
完成したものの強度や使い易さ、デザイン等、公共的観点から商品には適さないと判断しはじかれたもの。
ゆがみや割れが生じたり、制作過程で色や佇まいが計算外だったもの。
遥か修業時代に自由な感覚で制作し、そのままお蔵入りとなったもの。
世に出せなかった作品は決して無駄にはなりません。
タイトルのFail better(前より上手に失敗すればいい)の「失敗」は、ブラッシュアップへと繋がるものです。
失敗しても前よりきっともっと良くなる。
本展は、世に出せなかった作品群から作家自身が選んだ二つとない特別な魅力を発しているものたちを集めます。
また販売は「お品の金額をご来場の皆さま自身に決めて頂く」方式の展覧会とします。
たくさんの物、情報、そして価値観に囲まれる現代社会。
本当の意味で、自身の価値観で選び取り、自らの眼で目の前のものと向き合うことが難しくなってきているかもしれません。
世には出されなかったものとの邂逅を通じ、誰のものでもない「自身の中に存在する価値観」との新たな出会いと再発見。
ご来場の皆さんと作家と百職が一緒になって作り上げたいと企画した、体験型・参加型の催しです。
素材や技法もそれぞれの11名の作り手たちの、惜しくも世に出されなかったものたち。
皆さまの価値観を新たに刺激し、誰かの心に響くものがあるようにと願っています。