読み物
椀籠屋の石井 鉄屋の鈴木 ①
コハナタケという屋号で、
十文字工房という屋号で、
今はひたすら椀籠にこつこつと専念する職人的な「椀籠屋」
かたや鉄を素材にあらゆる品を魔法のように作り出す「鉄屋」
新たにご縁を頂いたお二人の制作への熱量、知識欲、
五月は、スペシャリストな「椀籠屋」、オールラウンダーな「鉄屋」
叶谷真一郎 Listen ⑥
数えてみるとはじめてクラフトイベントで知り合ってから今年で10年になる叶谷真一郎さん。
神戸市北区で拠点を構え、百職もその神戸に二年前に移転してきて、いよいよ叶谷さんの展覧会を迎えます。
お付き合いが長い分、だいぶ以前にお聞きしたことを今改めてお聞きしてみたり。
インタビュー後篇は、同席してくれた真一郎さんの奥様で発酵料理家の尚子さんとの丁々発止のやりとりにクスリとさせられ、ふだんのお二人の生活がちらりと見える瞬間が面白いです。
真一郎さんの真面目で誠実がゆえの独特の考え方や、自分の作品たちについてこれからの展開にも触れています。
どうぞお楽しみください。
○僕はちゃんと考えすぎ
―多分なさそうな気がするんですけど、座右の銘とか…
真「はい、座右の銘とかもう、無いですね」
―(笑)まあでも大切にしてる言葉などはさっき話してくれましたね。座右の銘じゃないけど、心に響く言葉はあるってことですね。イチローの話とか
真「そうですねえ。そういう感じになるかな、じゃあ。特に気の利いたそういう座右の銘とかことわざ的なものとかはないですけどねえ。この前半分冗談みたいなので言ってたのが『群れない、媚びない、靡かない』っていう(笑)それかなあって言ってたんですけど」
―手仕事のもので何か自分が作ったものでもいいんだけど、何か大事にしてるものとか、自分が持ってるものじゃないけど、こうどこかで見たもので記憶に残ってるものとかありますか?
真「そういうのもね、考えたんですけど思いつかなかったんですよね。うーん」
―素晴らしい作品は見てらっしゃるんでしょうけど。好きなアート作品とか
真「いやあ、それもねえ…」
尚「絵とかは?」
真「絵?特にねえ…同じよ。うーん」
尚「この人(の絵)も好きで、この人(の絵)も好きくらいの感じやから。お真の特徴ですよこれは」
真「ああ、ああ。好きな食べ物のこととか?」
尚「そう。好きな食べ物を何回聞いても答えません。例えば二択三択とかでこれとこれは?って聞くじゃないですか。『いやあ、どれも別に同じくらい好きやしなあ』くらいな感じで。だから絶対そのはっきりとこれっていうことをあんまり言わない。というか思わないんでしょうねえ」
真「言えたら言うんですよ。あえて言わないんじゃなくて」
尚「だからこの人の性質?あたしなんかだいたい聞かれたらこれ言うとか決めてるとかあるんですけど。食べ物とか、おでんの具は何が一番好きとかさあ、そういうことでも『いやあ…』って絶対答えなくって、ちょっとイラっとするんですけどね」
真「(笑)」
尚「だいたいこれっていうのがあるやろって、聞いたこっちからしたら思うけど。まあそういう人やなって感じです、何聞いても。そうやって今も、これもこれも別に好きやねんけど一番を答えることができない。そういう感じのところがあるなって今聞いて思い出した」
叶谷家の愛犬ハチ(本名:八十郎)は現在13歳
―無いことは無いんだろうなとは思いますけどね。今日熱弁を振るってらっしゃったし(黒澤明のこととか)。無いことは無いんだけど
真「一番を答えられる人はすごいなと思いますけどね。だから僕はちゃんと考えすぎなんですよね、真面目に」
尚「そうやわあ、真面目。そんなん私なんか今日言ったのと明日言ったの違うかもしれんけどくらいな感じで答えちゃうからねえ」
―(真一郎さんと)同じような考えですね私も
尚「そうやね、渡邊さんもやっぱそういう、なんかちゃんとした人なんやろね、きっと」
―私は融通が利かないんです本当は。答えますよ、答えるけど、本当は心の中で思ってます。『これって本当は単純には言い切れないんだけどな』って感じながら、(向こうが)答えないと困るだろうなと思うので答えるんですけど。本当はいろいろ思ってます、心の中では(笑) でも良いと思います。だってそれが本当の答えなんでしょ?だからそれでその、例えばおでんの中の具で『たまごが好き』っていうことにその人の人間性が見える場合もあるかもしれない。そう聞かれても結局『どれも割と好き』っていう答えに人間性が見える場合もある。答えって、どの具材が好きかより、人間性がわかるほうがいいと思うんですけどね。ただほとんどの人は『結局どれが好きなのか知りたいんだけど』と質問に対するそのものの答えをほしいなと考えるかもしれませんね
尚「うん。聞く時は答えを知りたくて聞いてるからやろね。聞くほうの期待よね、多分。『え、大根とか何か好きな具材言ってよ』みたいなとことかあるやん。だってそうじゃないと聞かへんやん、人は。だから聞かれるってことはそういうことなんやろうと思う。それ答えられへんからいつも『え~、え~』ってあなた言ってるねんな」
真「そう、そんなん聞くなよって感じ」
尚「だいたい私はもうお真にはそういうのあんまり聞かないけど。もう答えないんでね」
真「昨日ラジオでパラちゃん(お笑いコンビ「メッセンジャー」のあいはら雅一)が言ってたわ。うまい棒の、うまい棒占いで何味が好きかとかって勝手に占っていい加減な占いしとるらしい(笑)あの味が好きな人はあーそれはどういうあれですねえとかいって。いい加減な、出鱈目ですけどね。それができるようになったとかって言ってて。なんかそれみたいやなって思って。面白かったけどね」
―お二人の話ずっと今聞いてましたけど、質問に対してずばりの答えになってるかどうかはともかく、「らしさ」が伝わってくる言葉が返ってきてよかったです
○土感ある一方でそのうち磁器とかそういうのもあっていいかな
―今回気に入ってる作品とかシリーズとか、色でもいいですけど、何かありますか?
真「それもまたちょっと難しいんですよね…」
―そうおっしゃる気がしてました(笑)
尚「私なんかはこれとこれとこれみたいな感じで言っちゃうからねえ、いつも。まあ、あなたはね」
真「どれもといえばどれもやし、どれもそうじゃないと言っちゃうと、ちょっとお客さんがえ?って思っちゃうかもなって思うからそういう言い方もできないけど、そうともとれるんですよね。うーん、難しいです」
―どれも力入れて作ってますけどって
真「そうそうそう、だからどれもいったら同じだから、これっていうのは…うーん、よう答えんなあ…えー…」
―新しく作った、近年の釉薬だったりとかでもそれはそれでやっぱり考えてるだろうし、以前からやってるやつでも多分試行錯誤してやってますしね。
尚「最近はちょっと灰粉引も嫌やって自分では言ってる」
―嫌や?
真「嫌…うーん、はっきりとは言えないけど」
尚「テンション上がらへんみたいな」
真「そうやなあ。なんかね、年齢的に50になったんですけど食生活でちょっとこってり系が無理になってきたんですよ。ラーメンだったらとんこつはちょっと後でしんどくなる。もうちょいあっさりした塩ベースとかのほうがいける。焼肉もあほほど食べてたカルビがもう無理みたいになってきたのと、なんか似てるなと思ったのが、灰粉引は鉄粉がばーって出るじゃないですか。ちょっとそれがね、若干うるさく感じ出したんですよ。焼きによってはね、今ここにあるこれはね(いくつか持ってきた灰粉引のうつわを見せながら)いいんですよ、おとなしめでいいんですけど、還元が強くかかるとこの灰の緑とかも濃く出て、鉄粉もうわーって出たりするとちょっと、ああこってりやなあって思う時があって。うまく窯をコントロールしようとするんですけど、なんかちょっと難しくて。土の状態もあるんだと思うんですけどね、その時の。結構鉄分が含まれてたら鉄粉うわーって出るし。窯との関係もあるしで。それを抑えたいなって最近ちょっと思ってきてて、あっさりとした感じで焼きたいなとか思ってまして」
―うんうん、なるほど
真「ちょっとあっさりし過ぎかなと思うくらいでもいいかなと思ってきてて。そんな感じにだんだんなってきてますね。作品全体を見直した時にちょっとあっさりとした白も欲しいなって。なんやったら粉引じゃなくて磁器でもいいんかなとか思って。磁器は前からちょこっと作ったりはしてたんですけど。ここでもう少し取り組んでもいいかなってずっと思ってはいるんですけど。あの白さが中に入ったらいいかなって思ってますね。今後のテーマとして。さすがに全部磁器とはいかないですけど、少しそういうあっさり薄味のが入ってもいいかなって自分の中で思ってるかな。そう言いながら一方でちょっと土感がどうとかって言ってますけどね。ただ、うん、その灰粉引と白っていう関係でいえばちょっと白も入ったらいいかなと思ってます。土感ある一方でそのうち磁器とかそういうのもあっていいかなっていう、うん。」
尚「あとなんか最近ちょっと色物とかぐちゃぐちゃになってるよね」
真「え、ぐちゃぐちゃ?どういうこと?」
尚「ぐちゃぐちゃっていうか。なんて言ったらいい?黄土灰はこれとあれと…こっちもそう、これも黄土灰やでとか言って」
真「ああ、それは土に直接かけるか、化粧の上にかけるかとか。あとはほんまは全然違う土調やけど、色が似てるからひとくくりにしようって。色分けですね。釉薬名でわけるんだったら全然違うけど、その釉薬名もちょっと…ほんましんどくて、思いつかないんですよね。思いつかないって言っちゃあれやけど。何とか釉って自分で独自の名前を付ける人あるじゃないですか。でもほんとちょっとないんですよね。小洒落た名前つけるっていうのも、うーんっていう感じで。色の見た目の印象で分けてるんですよ最近は。だから最近は混乱してますけどね」
尚「粉引も含め灰粉引も含め白は全部白ですって感じやし。でお客さんは前につけていた例えば来待だったら来待って名前で覚えててくれる人がいるから、文字として見る時に来待がなくなってるんで混乱!みたいな。あ、そうそう来待といえばさ、丸鉢よくない?(真一郎さんに)渡邊さんに見せたっけ?」
真「見せたよ。でも安定してない。まだわかんないなあ」
尚「(うつわを出してきて)これこれ」
―ああ!それなら見せてもらいましたよ。良かったやつ
真「化粧(土)との相性が難しいんだよ。違う調合にしたらうまくいくけど、発色が変わるし」
尚「あたしはそれでもいいと思ったけど」
真「うーん。黄色が強くなっちゃったからな。料理映えるのは今出してるうつわのその色だと僕は思う。けどあんまりうまくいってない」
尚「最近皿が多いから鉢を作ったらいいと思ってて。小鉢、中鉢、大鉢。結構皿って最近みんなすごいやってません?」
―プレートは今、特にうつわの中でも主流ですよね。流行っているといってもいいかな。インスタ映えの影響が大きい。プレートはお料理を盛りつけて俯瞰で上から撮るといい感じの写真が出来上がりやすいから、そういうのを見てプレートほしがる人が増えているんだろうなあ。でもまた、いろんな料理作って盛鉢に盛るのもいいから探してるってお声も聞くようになってますよ。使ってみると小鉢も重宝しますよね。すっとメイン皿の横に添えるとすごくいい
尚「そうそう。ふつうのふだんの食事の時に便利なんですよ。だからさ出したらいいかなって」
真「うーん。10個焼いて2つ3つ取れるかもしれん」
尚「えー、そんなに悪い?」
真「最悪の場合」
尚「でしょ?半分くらいはいけるでしょ。この間の窯出しの時にはもうちょっと出てたでしょ」
真「まあ4個くらいね…」
―取れ高4割はいいとはいえないね…
真「そうなんですよ!」
―最近は特に様々な作風の作家さん、うつわが多様に流通してますけど、ふだんの暮らしの料理になじむうつわを作ろうとする真一郎さんの工夫や姿勢を待っている人、喜んでくれる人がきっとこれからも支持してくれると思ってます
尚「うん、そういうことやんな。すごく独創的な料理作る人もいるじゃないですか?プロのシェフとかじゃなくても。ソースとか多用して。あんなんどういうふうに考えるんやろって。たまには作れても、毎日は無理やろって。基本はどんな人も作れるような料理をふだんの盛りつけでできるうつわでいいんじゃないかなって。私らの最近の答えかな」
真「昔から作ってるような料理を、僕のうつわに盛ったらちょっとおいしそうに、1.5割増しでもいいから『おいしそうに見えます~』って言ってくれるのであれば、そうであればいいのかなって。うわあオッシャレーみたいな(笑)、映えるようなすごい料理や盛りつけじゃなくても、普通の食卓を豊かにできるようなうつわが作れたらいいかな」
(了)
叶谷真一郎(かのうやしんいちろう) 略歴
1971 京都生まれ 兵庫県西宮市育ち
1998 京都伝統工芸専門学校卒業後、丹波立杭焼窯元で勤務
2003 奈良市内で独立
2007 神戸市北区へ工房を移築
2010 イベント等に出展し活動を開始
叶谷真一郎 Listen ⑤
数えてみるとはじめてクラフトイベントで知り合ってから今年で10年になる叶谷真一郎さん。
神戸市北区で拠点を構え、百職もその神戸に二年前に移転してきて、いよいよ叶谷さんの展覧会を迎えます。
お付き合いが長い分、だいぶ以前にお聞きしたことを今改めてお聞きしてみたり。
インタビュー中篇では近年の作陶について葛藤や転換についてと、敬愛する人たちの言葉を読み解き、自らの仕事や生き方に目を向けフィードバックさせる叶谷さんの姿勢が独創的です。
真一郎さんの奥様で、発酵料理家の尚子さんも同席して頂いて賑やかに和やかに話が進んでいきます。
どうぞお楽しみください。
○やりたいことをやるとお客さん減っていくのかなあっていう思いもあるんですけどそれを恐れるとね、何にも変わられへんな
―最近は土感をもっと重視するようになってきたということですけど、何かきっかけがあったんですか?
尚「もともと土物の薪窯のやつとか好きやん?」
真「まあそうだね、焼締とか」
尚「そういう器がすごい好きで日常の器を作るにあたっても土の粗さとか」
真「土が感じられる」
尚「そういう器が好きやったけども…ちょっとずつやり始めた最初の頃、この人の手(作風)はよく『磁器も作ったほうがいい』とか『作り込むような綺麗に作る器のほうが良い』とか色々言われたりして。それでそうかと思ったんよね」
真「そうだね。自分でも言われて向いてるのかなと感じてたかな」
尚「ほんなら綺麗なやつとか向いてるって言われるから土が細かいやつとかやりだして。つるっとしたやつとか洋っぽいやつとかも作ってみたりしてん。そうやっとったらなんかしっくりこない。自分が好きなやつと違う。だから自分の好きなやつが良いっていうふうに思いだして。土がごろっと出るようなやつとかのほうが料理もそういうのに盛られているのが好きだから。今は自分の好きなほうに行きたい。もしかしたら今後はまた変わるかもしれないけど…それを良いと思ってくれる人に向けて作りたいからまあいいよねっていう。ゴツっとしたりしたのも入れたいっていう。アイテムによっては変えてる感じやんな」
真「そうやなあ。なんかずっと昔から買ってくれてた人を大事にしようという思いにちょっと引きずられてたんで。そうなると『ちょっと変えられへんな』と思っちゃったんですよ。お客さんてずっと来てくれる人ばかりじゃないし。そこに囚われんでもいいかなっていう。もしかしたら僕のやりたいことをやるとお客さんどんどん減っていくのかなあっていう思いもあるんですけど、それを恐れるとね、何にも変わられへんなっていう。その時に思ってることをやったほうが、もうちょっと自分に正直にいったほうが結局自分の満足…自己満足じゃない満足が得られるんじゃないのかなって。仕事に対する充実感とかに。そこ、大事なんじゃないかと思ってきて。あんまり今までの事に囚われんでもいいかなって。その時その時でもしこうやりたいって思ったらそれをやったらええかなって思って。早ければ来年の今頃にまた鎬やってないとも言えないですね(笑)ずっと悩んでいたのは、自分が作りたい、良いなあと思うものと、自分が作ってるものが違うっていうこともあって」
―数年前からおっしゃってましたよね
尚「そういう人も多いやろけどね。性格とか向き不向きとかあるやろし。ただ、この人が『ほんまテンション上がらへん』ってなって。『もうほんましんどい』って。『自分が良いと思ってないものがすごい売れていくとか全然嬉しいとは思えないしすごい嫌や』ってなってて」
―自分の意識と、求められているものと間に解離があったってことかな
真「そう。例えば今までずっと、全部形揃えて寸法揃えて作るっていうのをやってきて。でもそういうのは崩して、揃ってなくてもいいからと思ってやろうとしてもできないんですよね。蹴轆轤に変えたらちょっとは自然にゆがんだ感じになるかなあとか。なんなら目つむって轆轤したほうが自然な感じになるんちゃうかーとかも思ったことあるんですけど。でもそこまでは自分としてはできないし変えんでいいかなって、否定しなくていいなと思ったので、それは今まで通りやろうって思って。トンボで測って作って全部揃える基本寸法は同じで。逆にそれができない人もいるし。あえてヘタウマっぽく作らんでもええかなって思って。割り切れましたね。それで、その素材感っていうのについてはもうちょっとだけ意識してやっていこうと思うんです。まあどうなるかちょっとわからないですけど。あんまりやり過ぎても使いにくかったりとかいろんな面で不都合が出てくるねえ。まあほどほどにそこらへんは」
―やり過ぎても違うものになってしまいますよね
真「180度(変わる)ってことは無いと思いますけど、90度もちょっとまあ難しいと思うんですけど…実際は45度いくかどうか、10度20度かもしれないけど、ちょっとこう変化を出せたらって思ってますね」
―作家さん自身からするとすごい変化したなと感じていても、一般の人からすると『え?なんか変わった?』みたいに言われること良くある話ですね
真「そうそうそう。だから自分では変えたつもりでもお客さんは『え?』って思うことあると思う」
―ただ気が付く人は気が付く
真「やし。かといって自分がわざわざ発信する気も毛頭ないんで。それはちょっと違うと思うんで。自分でそれをわかっていればいいと思ってるんで」
○問いかけを大事にせなあかんなって思ってます
―変わっていこうという部分も、変化というより元々は自分の中にあったものを出して行こうっていう感じですね
尚「そうやなあ。だから悩まなくなってきたしね」
真「うん、悩まなくなってきた。やっぱこの仕事はやらされてるわけじゃないから。やっぱりちょっと楽しめないとだめだなと思いましたね、うん。仕事だからさ、楽しいことばかりじゃないんやけど自分で選んだ仕事やし別に組織の中に入ってやってるわけじゃないし嫌々やってるわけでもないから、どっかで楽しいなあと思えることやらないと思ってる。となったら自分に正直にもう少しやりたいようにとはずっと思って」
―誰のためにやるかっていったら自分のためにですね
真「そう。といっても自己満足ではないんだけど。やっぱり使う人の立場にも立って、とも思うんですけどね。実際はなかなかそんな形に表現できるかどうかわからないですけどそこをチャレンジするってことは大事かなって思って。また脱線するかもしれないですけどイチローが言ってた言葉で『結果も大事だけどプロセスも大事』っていう良く言う有名なやつがあるんですけど。それは本当に思いますね。あの、うーん、常に自分には頭の中に置くようにって言ってて。それがなかなかできないんですけどね。結果を出すってことも大事だけど。彼が言うには野球人っていうよりも人として大切なこと、プロセスは。それでまた山本周五郎の言葉なんですけど…」
尚「えー。まだ言っとんの?」
真「あ、すいません…。えーっと、人の価値って何を成したのかよりも何を成そうとしたのかっていうのがあるんですけど、ちょっとイチローの言葉と似てるなって。それとノムさん(元プロ野球選手・監督などの野村克也氏)、この間亡くなったあの人のことも好きで、インタビュー談話集を読んですごいなんか感銘を受けんですけどね。『問いかけを大事にする』っていう…僕の仕事の場合これは本当に必要なのか、それでいいのか、という問いかけを大事にせなあかんなって思ってます。この部分必要なのかとか、それこそ鎬は必要なのかとか(笑)、絶対必要なのか、無くてもいいのか、あったほうがいいのか、なきゃだめなのか、そういう問いかけとかも、あと自分の仕事を全体的に見て今やってることは本当にそれでいいのかとか、そういったことは大事にせなあかんなと思いますね。なんかね、野村さんが書いてた本読んだ時にすっごい参考になるなってことがたくさん書いてあったんでノムさん。王さん長嶋さんよりノムさん派なんですけど」
―ノムさんは知将ですよね、考えて分析する人
真「うん。だから共感できる部分が色々。あの人の場合はスターに対するやっかみとかもあったんでしょうけど」
―それを隠そうともしてなかった(笑)
真「そうですね、正直に言うてましたね(笑)。ただ、言ってることはすごいまともで、あれで何で阪神タイガースは結果出なかったんやろって不思議でしょうがないんですよ」
―いい線までいった時もあったのにね
真「まあ結局だめでしたけどねえ。でもあんな人の元でプレーできたらいいな。(ノムさんは)表現の仕方とかで人から苦手にされる場合もあるんやろうなって思ったりするんですけど」
―イチローさんが仰っていた結果とプロセスの話でいうと、今度行う展覧会についてもし結果がもし良くなかったとしても…
真「そこにどう頑張ったのか、中身が次にきっと繋がると思います。もちろん結果は大事ですけど。個展やったらちゃんと数を揃えられるかとかそういうの大事ですけど。何をどう取り組んだのかとかは大事にしなければいけないって、これは肝に銘じなきゃとは思っています。ちょっと忘れて追われちゃうと意識が薄くなっちゃうこともあるんでそこは常に意識しないといけないなとは思ってますけど」
叶谷真一郎 Listen ④
数えてみるとはじめてクラフトイベントで知り合ってから今年で10年になる叶谷真一郎さん。
神戸市北区で拠点を構え、百職もその神戸に二年前に移転してきて、いよいよ叶谷さんの展覧会を迎えます。
お付き合いが長い分、だいぶ以前にお聞きしたことを今改めてお聞きしてみたり。
陶芸を職業に選んだ理由から、思わぬ学生時代の頃の映画熱と夢、でもそこから見えてくる叶谷さんの本質が興味深いインタビュー前篇。
真一郎さんの奥様で、発酵料理家の尚子さんも同席して頂いて賑やかに和やかに話が進んでいきます。
どうぞお楽しみください。
○見えない部分をちゃんとする
―もうこれいろんな方から聞かれたことあると思うんですが、改めてうつわを作ろうと始めたきっかけは?
真「生業にしたきっかけは、ということですよね?」
―そうです。
真「困る質問の第一巡目くらいですね。いやあ別になんてことないんですけどね、あの学校(最初に陶芸を勉強した伝統工芸専門学校)を知って色んなコースがある中で陶芸を選んだのは一番生活しやすいかなって。極めて現実的です。特にやきものの誰々の見て衝撃を受けたとか一切ないので。残念ながら」
尚「職業やんな。でも何か作ろうとすることを選んだんやんな。」
真「そうそう、だからあの学校を選んだわけで。性格的には職人向きやなと思ってて。コツコツ地味にやってくという。だから作家というより職人ですよね」
―それって高校生とかで普通の勉強をされてて、その中で自分は職人向きだなと考えてたんですか?
真「いやいやまさかこんなんなるとは思ってなかったですよ」
―じゃあ学生の時はサッカー少年とかだったんですか?
尚「まさか!」
―まさかって尚子さん…(笑)
真「いやいや、スポーツはそんな…あり得ないですね…。高校の時の夢はね、あー、十代の頃は映画監督になりたかったっすね。映画が好きだったから」
―ああ、向いてそう
真「特にもう黒澤明が好きで好きで。もうほんっとうに黒澤組に入りたいなって思ったくらいで」
―この間BSで『乱』やってましたね
真「あ、やってましたか!」
尚「知ってますか?黒澤映画とか」
―少し観てますよ
尚「私全然知らないんですよ」
「この人(尚子さん)に昔ビデオをダビングしたやつを『天国と地獄』とか『椿三十郎』とか貸したら『挫折した』って言ってました(笑)セリフが聞き取れないって。当時の言葉を話すじゃないですか時代劇って。理解できない、無理って」
尚「何かね、結婚する前は私もちょっと猫被って。この人がすごい好きやって言うから『私も観るわ~』ってかわい子ぶって(笑)みたものの…」
真「『天国と地獄』は時代劇なんでいけるかなと思ったんですけど。見終わったら話せるかなと」
尚「なんかああいう感じが全然引き込まれへん」
真「白黒やしな」
尚「見ても何やってるかわからへんし、言葉も何言っとうか全然わからへんからあらすじも全然わからへん。何これって」
真「(大笑いする真一郎さん)」
―クロサワはクロサワでも黒沢清ならいけるかな
真「ああ黒沢清は現代劇だからね。まあでも観てないよね、この人は。(尚子さんは)韓国ドラマだね」
尚「そうだね」
真「まあこの人の話はいいよね」
―(笑) そうか、真一郎さんは映画監督かあ
真「そう、映画好きで。脚本の書き方とか映画の撮影術とか本を読んで。あとは黒澤明のことが書かれた本、評論家が書いたり、インタビュー集だったりとか買いまくって読みまくって。映画はもうセリフを覚えて空で言えるぐらいまで何回も観て。何回観ても飽きないんですよ。新しい発見があって。画面の隅々までピントをすべて合わせるパンフォーカスという技法で撮ってるんですけど。だから常に『あっ!』っていう発見があって。黒澤自身も『映ってないからって手を抜くな』って役者さん全員に指示するんですよ。ちゃんと演技してくれって、すべてを」
―フレームの外にいる人たちにもってことですよね
真「そうそう。映らないのにちゃんとやらせるという。完璧さを求めるという。すーごい感化されて」
尚「それから何にも言うねんな。いつも私がさ…」
真「あ、そうそう。映ってなかったら意味あるん?とかって言うんですよ」
尚「そう。言ってしまう。掃除する時も玄関とかやたら綺麗にしようとするから『玄関なんてみんなぱぱっと入ってきて見てないこと多いで』とか言ったら『いや、そういう問題じゃない』とかさ。仕事も見えない部分をちゃんとするっていうのに繋がるんやな」
―細部に宿るっていうことに繋がりますね
真「うんうん、美は細部に宿るっていう」
―ちゃんとふだんに生きてますね。黒澤さんの映画
真「今でこそ観ようと思ったら色んな手段で観れますけど黒澤明も。僕の高校生の頃ってビデオ化されてなかったんですよ」
―そういうのいっぱいありましたね
真「小津安二郎とか溝口健二とか三大巨匠は…いや、溝口もなってなかったな。小津さんだけ『東京物語』とかなってたからレンタルで観ることができたんだけど。とにかく黒澤明観たくてしょうがないのに無いと。『影武者』『乱』はカラーだから新しくてあったんですけど。それより古い『七人の侍』とかもうキネマ旬報ベスト100とかの1位に選ばれるやつがね。無い」
―絶対選ばれるやつですよね
真「だから観たくてしょうがなくて。今もう無くなっちゃったけど『ぴあ』って雑誌あったじゃないですか。映画コーナーの更に最後のほうにオフシアターってコーナーがあって。どっかの再上映とか」
―リバイバルとか名画座で昔の映画上映してくれますよね
真「毎月本屋行って『どっかでやってないかなー』ってチェックして」
―あ、だから岩波ホールって書いてたんですね。7月に閉館するって
真「そうそう、そうなんです!」
尚「そんなんどこに書いてました?」
真「インスタに書いた。岩波ホールはミニシアターの先駆け」
―そう、閉館はショック。真一郎さん書いてはったの読んで知って
尚「そんなんよう渡邊さんわかるねえ」
真「ちなみに僕が受験で東京行った時にお宝レコード探しに神田の探索してて。古本屋とレコード屋両方。その時に岩波ホールもまわって。で、オフシアターで僕が初めて観た黒澤映画は京都のセンチュリーホールでやってて。今残ってるのかなあ」
―無いと思いますねえ
真「ああ、まあ、でしょうねえ。そこで初めて。それが僕が高校3年の12月の期末テスト中だったんですけど」
―ははは!テスト中!
真「早く終わるから、テスト中だから。そこからすぐに着替えずに電車に乗って京都まで行って」
―テスト勉強しないで!
真「だってテスト勉強どころじゃないです。頭の中は黒澤映画だけ」
―そうですよね、あんな観たかったわけですし
真「それで初めて観たのが…」
―何だったんですか?
真「『隠し砦の三悪人』!リメイクもされましたけど」
―うんうん、されてましたね
真「リメイク作品が全然良くなかったっていう」
尚「この話なんなん?これ今日映画の話?」
真「話せる人が来たから嬉しくなっちゃってさ…。で、それが初めて観たやつだったんですけど。世間的には日本での評価はそんな高くないんですけどね。スターウォーズの原型になったりとか。あと最初の隠し砦のロケシーン、宝塚なんですよ」
―え!
真「蓬莱峡っていう所で。観終わった後一人で蓬莱峡に行ったくらい」
―完全にテスト勉強は無し
真「はい、テストどころじゃなかったです。あと『蜘蛛巣城』の二本立てだったんです」
―豪華ですねえ。しかしこんな高校生って…
真「それが初めてで。それ観てもう~面白くて。いやもう凄いと思いました。観た時は絶対黒澤組で働いて将来自分も映画撮るぞと。日本での黒澤映画の評判がいまいちそんなに高くなかったんで。海外のほうが高いっていうことにジレンマを感じて。ちょっとこの良さをみんなに知ってほしいと思うんですけど誰に言ってもピンと来ない人ばっかりで」
―(笑)
真「こういう話できる人、周りにずっといなかったんで。高校の時なんか絶対いないし」
―高校生だと当時はいなさそうですね
真「卒業してから浪人してたんですけど、黒澤の話しても、映画好きの人はいるけど黒澤映画は『うーん…』みたいな。当時はもうスピルバーグ全盛、ルーカス全盛の時代だったんで」
○自分にしかできないものを作れるはずだ!とか、良いように捉えて
―そこから映画の道には実際行かなかったんですね?
真「一回日大の芸術学部に映画学科があるんで受けようかなって思ったことありました。でも結局受けなかったんですけど。大学は芸大、美大を目指してたんです。平面のほう。浪人しまして。その時点で僕はクリエイティブな仕事向いてないなということを悟ったんです。しかも立体が苦手だった。平面が得意で。まさか何の因果か立体を今やってるんですけど。で、まあ向いてないって悟ってその後自分探し。何も考えなかったんで芸大諦めてから。やりたいこともないし普通に物流センターで働いてました。でもやっぱりなんか自分にしかできない仕事したいなって。考えたのが、ちょうどあの学校ができるって新聞か何かで見て。『ああ、こんな学校あるんか』て思って。ちょっとふっとピンときたというか。コツコツするの向いてるかなあと思ってたんで。職人やったらいいんやないかなあとその時は思ってたんであの学校に入ったんです。で、一番現実的なのが陶芸かなあと思って。食器が一番身近だからかな。あそこ特殊じゃないですか。石とか漆とか金属工芸とか竹とか馴染みが無かったんでどうなんだろう、食べていけるんやろかと思って。まずはそこを考えたんですよね」
―ああ。金工とか叶谷さん気質的に向いてそうですね
真「あのねえ、陶芸じゃなかったら金属いいかなって思ってました!竹や漆は違うなって。順番で言うと陶芸、金工かな。入学してからは作家志向になりましたね、職人じゃないなって思っちゃったんですよ。自分で考えて形にできるって作家だし、職人だったら言われたものしか中々やれない。だからちょっと違うなと思ったんでしょうね。クリエイティブな仕事向いてないと思ったにも関わらずまた色気が出てきたんでしょうね。やっぱりやりたいなって。きっと自分にしかできないものを作れるはずだ!とか、良いように捉えて」
―そうですね。せっかく作るんだから誰かに言われたものを作るだけじゃなくて自分だけしか作れないものを作る楽しさも感じたいですよね
真「すいません。黒澤映画で尺を取り過ぎましたよね?」
―かもしれないけど面白かったからいいです(笑)。夢を追い求める姿が
真「結構夢見がちです。小学校のころの夢はプロレスラーやったし。漫画家とかね。でも本気で考えたのは映画監督ですよね」
―その映画監督の夢についてはどうやって食べていこうかって先のこと考えてたんですか?
真「いや、考えてなかったかも。でも食べていけるかというよりもねえ…うーん。運命かなみたいな。『最近はがっちりした構成を書ける脚本家がいない』って黒澤さん嘆いててはって、それはなぜかと言うと『昔の文豪を読まなくなったからだ』と言ってて。それを知ってから夏目漱石やら川端とか色々読みだして。あとそれとは関係なく山本周五郎っていう…」
―あ、時代小説家の
真「あ、そうそう。時代小説ですね。山本周五郎が好きで読んでて。で、偶然黒澤作品にヤマシュウを原作にした映画があるんですよ。『赤ひげ』とか。『椿三十郎』も『日日平安』というのを題材に。あと『どですかでん』も。『季節のない街』が原作かなあ。とにかくヤマシュウのが3つくらいあったんで。すごいそれも運命を感じて」
―シンパシー感じますね。黒澤さんと俺って気が合うんじゃないかみたいな(笑)
真「そうそう!もう、うわあと思って。そういうこともあったんで。山本周五郎も黒澤明もどちらもヒューマニズムをテーマにしているという。そこも何か良いなと思って」
―若い頃に得た影響は大きいですね
真「そうなんですよ。スピルバーグとかより僕はその三巨匠が大きい。もう一人あと成瀬巳喜男さんっていう」
―ああ、はい
真「え!ご存知ですか、すごい。ちょっと陰に隠れちゃってるんですけど。も好きで。その作も当時観ることができなくてビデオ化されてなくて」
―成瀬さん渋い存在ですもんね。成瀬さんの撮った『流れる』っていう映画。原作の幸田文を読んでで好きで。だから映画のほうも観たくて昔探しましたけど当時はなかったなあ
真「へえ!僕もタイトル忘れちゃったんですけど成瀬さんの映画は加山雄三と高峰秀子さんのやつを観たんです。そのロケ地が山形県の銀山温泉っていうところがあって。それでこの人にずっと銀山温泉に行きたい、行きたいって言ってて」
―理由がそれ?
真「そう。その銀山温泉の街並みがすごい古い木造建築で。千と千尋っぽいっていうレトロな。ちょっと城崎っぽい、川が流れてて橋があって両側にこう古い温泉街があって。まだ行けてないんですけどね。映画から学んだり影響されたことってありますねえ」
―見えないところをちゃんとやるっていうのは良い形で残ってますよね。映画は撮れなかったけど。陶芸に生かされてますよね
真「映画界に入るっていう手段、情報が自分で集められなかったんですよね。ネットも無いし。そういうのが色んな手段があるってわかってたら映画の世界に行ってたかも」