読み物
井上茂 こころの風景 ②


一問一答|“赤い土(ひねくれ
「なんで見るモノ感じるモノがあるのだろうと思う事があります。本当はなんにも無いのかもしれない。そんな事を考えると、ちっぽけな自分を感じます。生きる意味をひたすらに考えた時もありましたが、無な事かもと思うとそれすらが意味の無い事やもしれません」
と井上さんはメールの返事に書いていらっしゃいました。
生きることを真摯に考え、その傍らにあった作陶。
Q&Aの中で「ひねくれた土を使うのが好き」と答えていた井上さん。
それは生き方や作陶の仕方は決して一つの答えだけでなく、曲がりくねった道を行くことを連想させました。
それらに夢中に取り組む井上さんの人間臭さや、健やかな気配も色濃く感じ取ったのでした。
質問1
自身の制作をする上で、もしくは日々暮らす中で大事にしている本(映画や映像でも)はありますか。
井上 ―「あの世で聞いたこの世の仕組み」雲黒斎
自分が一番辛い時に何回も読んだ本です。
質問2
仕事をしている時によくかける音楽などはありますか。
井上 ―米津玄師 ホールジー
洋楽を聴いている事が多いです。
井上さんの作陶道具「丸コテ」。
井上「がさがさの原土ですぐに削れていきます。しかしギリギリまで使っています。万物は生きていると思う事で出来上がる事がありますのでそれを大切にしています」
質問3
座右の銘や好きな言葉、大切にしている言葉があったら教えてください。
井上 ―「諸行無常」
こんな境地になれたら良いですね。
質問4
仕事する上でご自身で大事にしているものを教えてください。
井上 ―閃き、思い付き
たまに頭の中に降りて来る事があります。上手く説明出来ませんが。
質問5
今回の展示で出される作品について何か思い入れのあるシリーズや釉薬があれば教えてください。
井上 ―粉引、灰釉
最初にこのシリーズが好きで作り出した器です。赤い土(ひねくれた土)を使うこの種類が好きです。特別な素材ではないもの。
井上茂(いのうえ・しげる) 略歴
1968 愛知県生まれ
2010 常滑市にて独学で作陶開始
2016 独立開窯
井上茂 こころの風景 ①


この三年のうちに、
井上さんといえば、原土を探求したり、
一方で、その心や独特の感性も、
今回の個展のご挨拶と今後のスケジュールをお送りすると、
「
作為が無い物作りはあり得ない事かもしれませんが、
難しく考えずに、とにかく楽しみながら作ってます」
綴られていたのは澄んだ素直な言葉で、
心が強かろうが弱かろうが、やりたいことがある、
日々浮き沈みすることがあっても、
つくり手の井上さんの、素直で一途な心の風景を映し出す器。
使う人の、日々の心の風景を映し出す器。
喜びにあふれる日の食卓、時に悲しみに沈む日の食卓でも、食が、
新作のヒビ粉引のうつわ、
森谷和輝 origin ⑥


作品紹介|The case of Kiln-slumping キルンワーク スランピング
「熱でかたちが変わっていくところ。自分で曲げているんじゃなくて熱や重力で落ちたり曲がったりしていて、なんか手もとでじゃないところでかたちが変わっていくのが面白い。あとで冷めて手に取って見れる、観察できる、痕跡みたいなのを探すのが一番楽しいかもしれないですね(森谷)」
作品|葉皿
定番となりつつある葉皿。
ガラスが重力に沿って融けていく動きを利用して作られている。
円い板ガラスを用意し、型の上に円板ガラスを載せる。
焼成すると、そのふくらみに沿ってガラスが融け、丸みを帯びた形が出来上がる。
ガラスの中の気泡も伸びていっているのが見える。
ガラスが収縮したようなしわが寄ったようなテクスチャーもある。
作品|クリア皿LL
作品|楕円皿M
流れ、落ち、広がり、収縮し、動いてゆく。
作品|八角リム皿マット
予測可能な範囲でコントロールしても、あとはガラスの動き次第。
ガラスに意思があるとするならば、それと対話し、観察する。
作品|長皿、クリア皿LL、八角リム皿マット
ひとつひとつの個体差が大きいが、その揃うことのない偶然性さえも楽しさや美しさに満ちている。
森谷さんの場合廃蛍光管リサイクルガラスのカレット(破砕し欠片状になっているガラスのこと)を使い、まずは板ガラスを作る。それを型の上に載せて焼成し自重によって成形させる。この技法はスランピングと呼ばれ、スランプ(slump)から由来している。
またスランピングの一種で、ガラスを熱で融かし穴に添って曲げ落とす「
森谷和輝 origin ⑤


作品紹介|The case of Kiln-casting キルンワーク キャスティング
「ガラスがゆっくり流れている感じ。本当にゆっくり融けていくんです。その流れているのを感じられると『ああ、きれいだな』と思っちゃう。ガラスの厚みの中に泡の動きがじわあとなっていて閉じこめられている感じです。そこがすきですね(森谷)」
作品|台形
森谷さんはキルンワークの材料にしているかけら状のガラスを、粒度によって何種類かに選別している。
作品|球
キャストではきっちりとしたかたちのものも作りやすい。
よりきれいなかたちに仕上がるように選別した中でも細かい粒度のガラスを、型の細かい部分に詰めるようにしているそうだ。
角取皿など、角が多いうつわのシリーズがその例だ。
細かい粒度のガラスは融けると透明度はあまり高くない。
作品|角取皿
うつろうようなほのかな明るさの中に、静かに密な様子で泡がとどまっている。
森谷和輝 origin ④


――はじめに
技法のおさらい
森谷和輝さんのガラス技法は大きく分けると2種類。
バーナーワークで作るガラス、キルンワークで作るガラスがある。
- バーナーワーク
森谷さんのバーナーワークは、酸素バーナーによって棒状や管状の硬質ガラスを溶かしながら成形していく。
使うのは「ホウケイ酸ガラス」という理化学器具等に使用される透明度が高く、耐熱性、耐衝撃性を持つガラス。古い時代にランプの灯りを主な熱源としていたことから欧米では伝統的なニュアンスを込めてランプワークと一般的に呼ばれる。もっと現代的なニュアンスやイメージの中においてはフレームワークの呼称を使うという。ガラスは紀元前に起源を持つといわれ、その最も初期段階に装飾品などの制作でバーナーワークは行われていたとされている。
- キルンワーク
キルンは窯の意味で、電気窯のことを指す。低温(とはいっても800度前後)の窯で、型を用いてガラスを融かし成形する。森谷さんが使うのは「廃蛍光管リサイクルガラス」という、独特の淡い淡い青緑色が特徴的なガラス。
キルンワークは更に多くの技法が枝分かれしており、そのどれもが歴史が古い。
もっとも有名な例はパート・ド・ヴェール技法。粘土で作った原型をもとに耐火石膏で鋳型を起こし、非常に細かい粉末状の無色のガラス(森谷さんが使用するガラスと異なり、更に細かくさらさらしている)を使用することが多く、そこに色ガラスを混ぜるなどして用意した鋳型に詰め、窯で焼成する。歴史としては古代メソポタミア文明の頃(紀元前15世紀-16世紀)に金属の鋳造技術を応用し発祥したとされている。ちなみにガラスを取り出す過程で鋳型を壊さざるを得ないため大量生産には向かず、その後紀元前1世紀頃の古代ローマ時代になって吹きガラス技法が発明され量産する技法もこれを機にが新たに生まれていくこととなる。
キルンワークの中でも森谷さんが多く用いる技法は、キャスティングとスランピング。キャスティング技法は古代ローマ時代の紀元前1世紀に発明されたと言われている。
(1)キャスティング 型の中にかけら状のガラスを敷き詰め流れ融けることで成形する技法
(2)スランピング 予め作っておいた板状のガラスを型に置き、焼成すると型に沿って重力で流れ融けていくことを利用して成形する技法
作品紹介|The case of Lampworking バーナーワーク
「つくり手としては目の前ですぐかたちが作れてガラスに道具を介して触れるところが魅力。そういう意味では即興性があるガラスの様子が、使う側の人にも感じてもらえる楽しさがあると思います。(森谷)」
作品|bud tumbler
バーナーワークのガラスについて森谷さんは昔からよく「バーナーのガラスは中に水をいっぱいに入れておくと本当にきれいですよね」と話す。
高い透明度で凛とした硬度を帯びたホウケイ酸ガラスだが、森谷さんのバーナーワークによってやわらかで揺らぎのある輪郭が生まれる。
ガラスの中を水で満たしてみると、ガラスと水との境界がたちまちぼんやりとしてくる。
不純物など何ひとつ感じられず、硬質だったはずのガラスは水に溶かされたかのように水と同化して、そこにはただ水そのものだけが不思議な実在感を湛えて存在している錯覚を起こしそうになる。
作品|ラッパステム
どこまでも澄み切った純度の森谷さんのバーナーワークのガラスは、ただ静かに空間にあることを好んでいるかのようだ。